特攻

 旧校舎四階、階段の踊り場にある鏡は今は何らおかしい所もない。そんな鏡の前に忍足がやってきた時には、既に御門以外の全員がそこに揃っていた。
「忍足、何か憑いてるよ」
「あー、花子さんや」
「憑いてないわ、一緒にいるだけよ」
 花子さんは、忍足の三歩後ろに立っていた。彼女はやたらと古風な女性だと、その場にいた全員の気持ちが一致した。何はともあれ、ようやく合流できた九人に、何故か花子さんが旧校舎について説明を始めた。
 元々氷帝学園の敷地は、戦時下に軍需工場が建っていた場所だった。東京大空襲で焦土と化したそこでは、たくさんの学生が死んだという。そうして終戦後、氷帝学園が建設された。
 建設前は身元不明の死体を並べていたためか、地縛霊も多かった。そのため、慰霊祭や地鎮祭を行い、悪い気を祓ったのだという。そうして、その通り道である霊道が開かないよう、鏡にまじないをかけていたらしい。
「まあ、最近不安定だった上に、今日は仏滅と朔月が被って、更にその効果がうすれただけね」
「おい、歴史語り必要だったか?」
「宍戸、黙っとき」
「霊道は鏡に住み着いた狐が繋げちゃったみたい」
 花子さんは、宍戸の突っ込みを止めた忍足に熱い視線を向ける。気に入られたのか、と跡部が彼に同情の眼差しを送った。日吉は、学園七不思議の代表格である花子さんを間近に見ることができた事が嬉しいらしく、じっと彼女に好奇の視線を送っている。
「それでも、今この鏡からは嫌な気が来ねえな」
「そう!誰かが内側から壁を作ってるみたいなの。そのせいで、皆霊界に戻れないのよね」
「なんや、ついて来たんはそのためかいな」
「え、忍足くんと居たいからだけど。私は霊道以外にトイレからも行き来できるもの」
 果たして忍足の何処が花子さんを惚れさせたのか、という議論は巻き起こるはずもなく、霊たちすら立ち入れない鏡の中に入るためには、どうしたら良いのかという話題へ移った。
 花子さんは、普段からトイレを使って霊界と行き来をしているせいか、詳しくは分からないらしい。しばらくの無言の後、鏡が鍵になるはずだ、という跡部の言葉に、日吉がようやく花子さんから視線を外して口を開いた。
「合わせ鏡でしょうか」
「ああ、合わせ鏡か、試す価値はあるかもね」
 鏡ならもう一つ持ってるよ、と滝は脇に置いていた鏡を見せた。それを見て、全員が合わせ鏡に肯定的な意見を返す中、跡部だけは苦い顔をしている。
「跡部、どうしたんだよ、怖いのか?」
「テメェと一緒にするな、向日」
「クソクソ跡部!じゃあ何なんだよ!」
「壁を作ったのは恐らく御門だ。向こうのボスは俺達を引き入れた所で不都合もねえだろうしな」
 跡部は、全員を見渡しながら話を続けた。
「御門は、鏡の中に俺達を入れたくない理由がある。だから、解決するまで壁を張ったんだろう」
「ああ、彼はそういうことだったの」
 跡部の言葉に反応したのは、花子さんだった。クスクスと笑いながら、それじゃあ誰も入らない方がいいわと納得したらしい。どういうことだと向日や宍戸が噛みついても、果ては忍足が問うても、花子さんは何も言わなかった。
「ごめんなさい、忍足くんの頼みでもこれは言えない問題なの」
「そうなんか」
「ああ、でも、南蛮屋敷を知っている人になら、少しは察しがつくかもね」
 花子さんはそれきり何も言わなかった。辺りに重い沈黙が落とされ、それは、誰も南蛮屋敷という単語を知らないことの証明となった。
 御門啓次郎という男を、クラスでも親しい滝すらも良く知らない。跡部だけは知っているようだが。だからといって、大人しく指をくわえて待つような事は、彼らにとって苦痛やもどかしさを伴う。
「跡部、それでも俺は行くよ。御門は大切な友達だからね」
 最初に決意を固めたのは滝だった。それにつられるように、皆が様々な考えから決意を固めた。彼らは、僅かな時間とはいえ、御門と対話をし、彼の優しさや人柄にひかれたのだ。
「俺は、御門さんが壁を作った理由は知りませんが、あの光に嫌な気を感じませんでした。だから、行きます」
 日吉の言葉は、全員の気持ちに通じるものがあった。分散された時の光は、何かから守ってくれていたような気がしていたのだ。
「仕方ねえな。だが、御門を傷付けたら俺様が承知しねえぞ」
「じゃあ、鏡を合わせようか」
 滝が、折り畳み式の鏡を大きな鏡と平行になるように床に置いた。途端に何かに引き摺られるような感覚が全員を襲った。


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