組み上がる縁


 厄介事には厄介な者が関わるものだ、とフィアメントは嘆息した。それさえ不愉快だと言うように睨まれたが。その眼光鋭い男は、深く鮮やかな赤い髪を持っていおり、神託の盾騎士団の特務師団長という肩書きだった。名をアッシュというのだが、不機嫌なのか物言いが少し高圧的にも見える。
 しかし、見ず知らずの不審者とも取れるフィアメントに対し、わざわざ船室まで赴き今後の予定を事細かに説明するのだから、アッシュは律儀だ。きっとその仏頂面をどうにかすれば人気者だろうと、フィアメントはイオンのように穏やかな笑顔を浮かべるアッシュを頭に思い浮かべたが、あまりに似合わなくて即座に脳内から抹消した。
「お前も操舵室へ来い」
「俺はここで構いません、何だか眼鏡の人に言われてるんで」
「揺れるぞ」
「え、それは困ります」
 だったら大人しくついて来いと、アッシュは船室を後にした。フィアメントはあわててそれについていくが、ついでに、彼は素直ではないという認識を頭に叩き込んだ。



 地上に出るなり、元々それぞれが各地に戻る予定でいただろうに、アッシュがあちこち連れ回した。フィアメントも例に漏れず、とはいえ彼は武器がないと告げれば、足手まといはいらないと言わんばかりにタルタロスにイオンと取り残された。
 そこまで来て、フィアメントはある事をようやく思い出した。アッシュとイオン、そしてアニス以外の名を知らず、果てはもしかしてユリアシティに何人か残っている気がしていたことを。しかし、どうせアッシュの用事が終わるまでの間柄だからと、彼が自ら尋ねることはなかった。



 結局、フィアメントはダアトまでタルタロスの恩恵に預かっていた。ともあれ武器を扱う店のある場所まで魔物と遭遇することなく辿り着けたのだからと、フィアメントは礼を告げ、一人だけ先にダアトへ向かった。



「これで十分か」
 フィアメントは、身丈の半分近い刃渡りの大きな鉈状の武器と、両刃の短剣を購入し、今日は宿を取ろうと決めた矢先に声をかけられた。
「フィアメントさん!」
「タトリン奏長。いかがしましたか」
「ちょっと港まで匿ってくださいよぅ、緊急事態なんです!」
「分かりました」
 フィアメントは、その体でアニスを上手く人目から逸らし、ダアト港へ再び戻った。もとより、タルタロスに乗っている間何もしていなかった事を彼は気にしていたから、貸し借りを帳消しにするために動いているだけだが。



 ダアト港では、タルタロスの整備をしているマルクト帝国の軍人、フィアメントを船室に放り込んだ眼鏡の男がいた。現状を知らぬフィアメントは、少し離れた場所でアニスと彼の対話を眺めていたが、不意にアニスがダアトへ戻る道へ引き返していく。
 それを見送るだけの、不思議そうな表情のフィアメントへ声をかけたのは、先程彼女と会話をしていた眼鏡の軍人。体格の良いフィアメントと並ぶと、軍人が華奢に見える。彼は頭脳派なのかと勝手な印象を持ったフィアメントは、そのまま立っているだけだ。
「貴方がフィアメント・ラスティールですね。私はマルクト帝国軍第三師団長、ジェイド・カーティス大佐です」
「カーティス大佐、既に知っているようですが、フィアメント・ラスティールです」
「さて、早速ですが協力をお願いしたい。しばし私に同行してください」
「構いませんよ、どんな形であれ、地上へ戻して頂いたのですから」
 フィアメントは散歩を続けるつもりでいたが、借りを作ったままというのも良い気はしていなかったこともあり、ジェイドの依頼を二つ返事で受けた。元々家があってないようなものだし、予定も気分で変えるフィアメントは、散歩と変わらないと判断したのだ。
「アラミス湧水洞まで向かいます。貴方には前衛をお願いしたい」
「分かりました。回復は出来ませんが」
 ひとまず道具はお互いの持ち合わせで遣り繰りする事に決まる。そうして、アラミス湧水洞までの二人旅が始まったのだった。



 フィアメントとジェイドは、相性が抜群だった。しかしそれは、戦闘に限った話だが。二人の道中は殆んど無言で、和やかとは程遠い。時折、食事だの休息だのという会話だけが交わされているくらいだ。だからといって、二人の間に険悪さは無いのだが、背が高くがっしりと体格の良いフィアメントと、マルクト帝国の軍人であるジェイドが並べば、威圧感すら漂う。
 その利点と言えば賊の類いが襲いかからないことである。フィアメントの持つ大きな鉈も、それを手伝っていた。
 ジェイドが内心で彼を人間ホーリイボトルと称するほど、その効果はなかなかのもので、弱い魔物すら彼らを避けている。
 実際に口に出して茶化しても構わないとジェイドは思うのだけれど、フィアメントが何も聞かずにいる事の方が不思議でならなかった。フィアメントにとって興味のないことと勝手に結論付ければそれまでだが、借りがあるというだけで目的すら知らぬ用事に付き合う神経が分からない。
「何も聞かないのですね、フィアメント」
「貴公が何も明かさないのですから、無闇な詮索は致しません」
「そうですか」
 事務的な話題以外の会話はこれだけだった。人間ホーリイボトルの効果も手伝ってか、ジェイドが立てた予定よりも早く目的地に到着したせいもあるが。
 アラミス湧水洞の近くの開けた草原へ足を踏み入れると、洞窟のある方向からガサガサと足音が聞こえてきた。フィアメントは自然とジェイドから半歩離れ、この程度ならば魔物だろうとどうにかなるかと判断を下す。
 ジェイドもそれには特に触れず、やってきた三人を見るなり彼らに歩み寄っていく。
「行き違いにならずに済みましたか」
 フィアメントは特に会話に興味はなく、しゃがみこんで辺りに群生している野草を物色しはじめた。大の男が草原でぶつぶつと呟きながら草を採取している様は、端から見ればかなり異様だ。フィアメントは周囲の視線など大して気にしてはいないようだが。
「フィアメント、ダアトに戻ります」
「分かりました」
 ジェイドの声に、フィアメントは採取した野草を無造作に道具袋へ入れ、傍らに転がしていた武器を手にして立ち上がる。ジェイドの側には、短い金髪の青年と、朱色の青年、そしてマロンペーストのような髪を長く伸ばした女性に、チーグルと呼ばれる青い小動物がいたが、フィアメントは特に気にするでもなく歩き始めた。
「フィアメント、彼らとはしばらく行動を共にするのですから、自己紹介をお願いします」
 ジェイドがそう口を開いたのは、ダアトへ向かう道中、最初の休憩を取る頃だった。
「フィアメント・ラスティール」
「俺は、ルークで、こいつがミュウ」
「神託の盾騎士団所属、ティア・グランツ響長です」
「俺はガイ・セシル」
「よろしくですの!」
 自己紹介は簡素に終わったが、フィアメントはルークをじっと眺めていた。しかし、彼は特に何を言うでもなく視線を逸らしてしまう。
「フィアメント、何か気になるのかい?」
「いや、いい」
 言えば面倒になると判断したフィアメントに、ガイは肩を竦めた。もとより、フィアメントはあまり目付きも良くないため、黙っている姿は怒っているようにも見える。ルークなど、ジェイドからの嫌味の上にフィアメントの無言の視線に居心地が悪そうだ。
「おや、敬語は使わないのですか?」
「軍属と王公貴族ならば訂正しますが」
「なら、俺以外には敬語ってことか」
 ガイの言葉にフィアメントが不思議そうにルークを見たため、ジェイドが楽しそうに笑う。それに落ち込んだルークを見かねてか、ガイがフィアメントに、ルークはキムラスカの公爵子息だと伝えた。途端にフィアメントはルークの前に跪くものだから、そうされた当人はあわてふためく。
「公爵子息とは知らず、申し訳ありません」
「えっ、いや、あの、俺は別に」
「しかし」
「良いって、俺そんな態度の方が困るし」
 ルークは、レプリカだからという一言をどうにか飲み込んだ。そうして、フィアメントは結局、その場の全員に敬語はなくて構わないと許可をもらってしまった。そして、フィアメントの愛称であるフィムと呼ばれるようになった。
 まあ良いか、という切り替えの早さはフィアメントの長所である。




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