目減りする猶予


 強引にでもきっかけを作らなければ、今のフィアメントは自らの出自を明かさないだろう、とはジェイドも薄々感付いていたのだ。フィアメント自身は、降って沸いたきっかけすらも言葉を極限まで削り落としてしまいそうだが、そうして二の足を踏み続けても、いつかそれが新たな軋轢を生むだろう。などとつらつらと言い訳じみた思考が浮かぶ自身に対して、ジェイドは苦笑した。簡素にまとめてしまえば、ユリアシティで行われる和平条約の締結の場にフィアメント同席させなければならなくなったので、仲間の手前、庶民だなんだと言い張って逃げるであろうフィアメントを、どんな手段を用いてでもその場へと引きずり出さなければならなくなったのだ。
 どうしたものかとフィアメントの身の振り方の良し悪しについて考えながら、ジェイドはユリアシティでルーク達に声をかけた。根回しまで済ませた彼の頭の中には、しっかりとフィアメントをも巻き込むシナリオが出来上がっている。自らの立場をフィアメントはきっと良く分かっているだろうが、それでも事実を知らないルーク達の手前、ただ少し変わった庶民と言い張りながらフラフラと立ち回る算段のようだから、むしろ根回しさえしてしまえば網を掛ける策などあまりにも簡単だった。
「本来でしたら私やあなた方は立ち合う必要もないのですが、イオン様と両国陛下からも許可を頂きました。皆さんには両国が合意した事実の証人として、立ち合っていただきたいと思っています」
 証人などただの方便だ。公的な二国間の和平締結の証人としてならば、ダアトの最高責任者として導師であるイオンがいる。だが、フィアメントを同席させるためならば他の仲間たちの同席も構わない、という許可をイオンや両国陛下から直々に貰ったとなれば、彼らをも利用するに越したことはない。大きく網を投げて全てを捕らえて、まとめて引きずり出すのだ。
「俺は」
「貴方もです。理由については良く分かっているでしょう?」
 ジェイドの予想通り、一度は拒否しようとしたフィアメントだが、それでも自身が何故その席にいなければならないのかをよく分かっている。苦い表情のまま、正装の持ち合わせが、と言いかけたフィアメントにルーク達を目で示せば、とうとう観念したように頷いた。それから何かに気が付いたのか、フィアメントは珍しく、声を潜めながらジェイドに問い掛ける。
「皆を同席させて良いのか」
「懸念が全く無いとは言いませんが、貴方を考慮したイオン様のお計らいだと言うことはお伝えしておきます」
 藪蛇だった上に反論のしようもなくぐうの音も出ないフィアメントだったが、暫しの熟考の後、善処する、とだけ呟いた。そのまま和平条約締結の会場へと向かうフィアメントを見送ったジェイドは肩を竦め、やれやれと笑んだ。
「フィム自身のことか、懸念のことか、どちらの事なのやら」



 和平の取り決めの為の話し合いの最中も、フィアメントは深く考え込んだ。懸念とは恐らくガイのことだと彼は見当を付けていたし、自身もその懸念の一部をよく分かっていた。しかしフィアメントは、自身がそれを体現することの無意味さをよく知っている。当事者など誰もいなくなり、後を追うでも即座に動くでもなかった、悲劇に酔うだけで人間を極力避けていただけの自分が、今になって復讐を成すなど。だがガイは当事者が生きて、この会議にも同席している。ガイの内心などフィアメントには全く分からないが、彼はどうするつもりだろうか。
 そしてフィアメントの出自。いつの間にか、ルーク達に明かすことを畏れていた。何故、と自問すれば、彼らを傷付けるのではないか、全てを語る途中で彼らに対してまでも憎悪が沸くのではないか、そうでなかったとしても彼らが態度を変えるのではないか、そんな答えが浮かぶ。フィアメントはそれに酷く戸惑っていた。今まで人間に対して抱いたことのない感情が積もり、彼らがフィアメントの中で、人間という枠組みを外れた場所に存在するようになっていたことに。
 
「では、これで和平条約の締結を」
「ちょっと待った」
 順調に進んでいた和平交渉も終わりを迎えようとしたとき、硬い声音で立ち上がったのはガイだった。フィアメントはその行動の奥にある気持ちを、憶測でしかないが悟る。どよめく周囲を他所に、フィアメントは微動だにせず様子を観察するだけだ。
 和平、不可侵、様々に条約を結ぶ国々の話をフィアメントは度々聞いたことがある。そして、それを反故にした国々の話もだ。だからこそ、彼はガイの行動を咎め立てしようとは思わなかった。例えばその奥底に、利害、従属、損得と、如何なる思惑があろうともフィアメントにとっては興味の範疇外だ。ただ結んだものを反故にし、繰り返す人間に、彼は半ば呆れてすらいた。
 ホドに攻め入ったキムラスカ、そしてホドを崩落させることを決めたマルクト、その場に列席したほとんどを手にかけなければガイの復讐は終わることはないようだ。諭され、復讐する気はとうに失せていたと呟いたガイは、武器を収めた。
「ラスティール殿、貴殿が止めなかったことはつまり、そういう事か?」
 ホドを崩落させる際に強制的に超振動を起こさせた、その時に譜業に繋がれた被験者の名として、ヴァンが出たことをきっかけに、後は首脳達だけで詰め、魔界での暮らしについてアスターの話を聞くこととなった。では散会、という流れに至ろうとしたその時、ピオニーがフィアメントへ言葉をかけた。唐突であり、周りに何も告げていない中での問いかけに、フィアメントは僅かに瞠目しながらも口を開いた。ルーク達の視線が訝しげに変わる中、ジェイドとイオンはただ黙したまま成り行きを見守るだけだ。
「私は、和平を結びながら反故にしてきた者達を見聞きしています。そして、身を以て知っています。……畏れながら、それだけです」
 その言葉の重みを、ピオニーやインゴベルト達は瞑目して受け止めた。それを聞いたガイは、まさかフィアメントもホドの生まれかと考えたが、それでも以前聞いたフィアメントの一族のような生活を送る者達の話など聞いたことがなかった。そもそもフィアメントがどのような生き方をしていたのか、ルーク達は知らない。問えども表皮をなぞるような答えが返ってくるだけで、フィアメントは今まで何一つ子細を語らなかった。
 ベルケンドでのヴァンとの対話、タタル渓谷でのユニセロスとのやりとり、そしてバチカルやグランコクマでの王たちとの会話。他にも、フィアメントの根幹の片鱗を見る機会はあったが、だからといってルーク達には予想すらもつかなかった。






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