関係の再構築


 地核振動数の計測結果をシェリダンのイエモン達に渡した一行は、彼らのいた集会場を後にした。装置が完成するまでは時間がかかるため自由時間かという雰囲気の中、意を決したようにルークが口を開いた。
「あの、さ、外殻大地の降下、俺達だけで進めてていいのかな」
 世界の状態が変わるほどの事態だというのに、外殻大地の降下をキムラスカやマルクトの承諾なしに進めているのは問題ではないかという。しかし、キムラスカに戻ることを、ナタリアは渋る。以前、父親であるはずのインゴベルト陛下から、実の娘ではないと言われ、処刑騒ぎになったのだから無理もない。それでも行かなければならないとルークは重ねる。うやむやになってしまった平和条約を結び、外殻大地の降下を了承してもらうのだと。
 ルークの言葉にナタリアは揺れたが、それでも怖いのだろう。少し考えさせてくれと顔を伏せた。
 待つしかないと言ったジェイドに賛成するように、彼らは解散して自由行動となった。



 フィアメントはその様子を黙って見ていた。何を言う気もなかったし、彼はナタリアの悩みをさして深刻に捉えられなかったのだ。
「何を考えてるんだ?」
 街の外れで佇んでいたフィアメントに声をかけたのは、ガイだった。眉間に皺を寄せているフィアメントは、何も知らぬ者なら話しかけるどころか近寄りたくないのだが、ガイはそうではないらしい。
 黙り込んだままのフィアメントに苦笑したガイは、彼の隣に立つ。音機関を作る音だろうか、カンカンと金属を叩く音が響く。
「俺の……家族は、血の繋がりがない者も数多いた」
 戸惑いがちに、フィアメントは口を開いた。ガイはそれに驚きながらも、黙って彼の話を聞く。正直、ガイはフィアメントが何かを語ると思っていなかったのだ。
「……小さな村のような集団が、俺達の中では家族だった」
 誰が父親だ誰が母親だという取り決めもなく、生まれた時から全員が父親であり母親であったとフィアメントは独り言のように呟いた。そこで、ガイはようやく、彼がナタリアの事について考えているのだと気付く。
 血の繋がりを重要視したことのないフィアメントにとって、それを重要視して右往左往するナタリア達がどう見えているのか。ガイは気になったが訊ねなかった。それを訊ねればフィアメントが自己嫌悪に陥りそうな気がしたのだ。
「それで、ナタリアにどう接したらいいか考えていたのか?」
「産んだ人の顔を、俺は思い出せないのだと考えていた」
 物心ついた時から、家族という枠で誰もが世話をしてくれていたとフィアメントは呟いた。中には産みの親もいただろうが、フィアメントはそれが誰だったのか知らぬままいたのだと言う。それはガイには想像もつかない悩みだった。
 ただ大きな家族という枠組みの中で、フィアメントはそれが当然と思いながら育っていたのだろう。ルークともまた違うその環境を理解できる人間は、少なくともガイの周囲にはいないのだ。フィアメントにかける言葉が、今のガイには見つからなかった。
「それでも、俺は幸せだった」
「なら、それで良いんじゃないか?ナタリアの気持ちが分からなくても、彼女が今悩んでいるって分かるならさ」
 それに、とガイは内心で続けた。そうして他人の気持ちを理解しようとしているのは良い変化だと。しかし、彼は少しばかり誤解をしていた。フィアメントは別にナタリアの気持ちが分からなくて悩んでいた訳ではなく、家族という枠にあった者達を頭に浮かべた時に決まって付随する憎しみが、ルーク達に向かわなかったという事に対して理由を探っていただけだ。
「……話し過ぎたな、忘れろ」
 ただ、フィアメントはガイの勘違いを是正すると面倒な事になると思い、それだけ言って宿に戻っていってしまったが。
「フィムも随分接しやすくなったなあ」
 フィアメントの態度が、幸か不幸かガイの彼に対するイメージを多少なりともプラスに転じさせているなど、彼は知る由もない。



 マルクトはともかく、バチカルへ向かうなら何かしら書状が必要だと判断したジェイドは、インゴベルト陛下に宛てたそれをしたためた。それを携えた所で完全に安全とは言えないが、やらないよりは状況も伝わりやすいだろうし、横やりなく判断することも出来るだろう。
 しっかり書状を纏めたジェイドは、荷物の中に埋もれていた本を取り出した。以前フィアメントから借りたそれを、彼は漸く読む気になったのだ。ここ最近は慌ただしく、ゆっくりと読書をするような余裕もなかったせいもある。
 ベッドに腰掛けて本を開きながら、そういえば同室はフィアメントだったと思い出した。もはや当たり前のその部屋割りは、単にジェイドが彼に興味を持っていたからだ。別に彼とルークやガイが同室でも、まして個室でも、フィアメントが逃げない事は立証済みなのだが、特に部屋割りを変えたいという意見も出ないため、ずるずると変わらずに来た。
 逃げる逃げないを除いても、ジェイドは今の部屋割りを変えようと提言するつもりはない。それは稀に起こる事が問題だった。
 フィアメントが同行するようになってから数えても片手の指で余る、それほど稀少なものだが、フィアメントは夜に魘される事がある。それだけなら、本人はバレていないつもりでいるルークもそうだし、気にしなければ良い話だ。
 しかし、フィアメントの場合は不可解な言葉を呻くように呟くし、見かねて起こせばジェイドが憎悪に満ちた目で見られてしまう。それを気にしない、というよりは慣れてしまったジェイドだから、こうしてお互い何でもないように過ごせているのだろう。ガイはともかくとして、これがルークならば、あからさまにぎこちなくなる様が容易く想像出来る。
 そんな仮定はさて置き、ジェイドは古びた本の表紙を開いた。タイトル同様、中味も古代イスパニア語で書かれているようで、少し色褪せているものの読めない程ではない。ジェイドはすらすらと文字を追い、ページを進めていった。



 本を読み進めていたジェイドは、己の思い違いに漸く気付いた。これは空想の物語ではなく、れっきとした史実であることに。俄には信じがたいが、そこにはフィアメントのファミリーネームが記されていて、さらには歴史上では凄惨な火事として伝えられているものと一致する日付と場所、預言の記録などではない物語にしてはあまりにも事実に沿いすぎている。
 しかし、それが事実だとしたら、今こうしてジェイド達と居ることは、フィアメントにとってあまりに酷ではないか。
 いや、だからこそフィアメントは関わりを深く持とうとしていなかったのかもしれない。彼は「人間」と深く関わること、というよりはその後の事態を憂えて畏れているように、ジェイドには思える。
「読書中か」
 カタンという物音が部屋に響き、ジェイドが本から顔を上げて振り返ると、フィアメントがやって来た所だった。もう終わりましたとジェイドは本を閉じ、それをフィアメントへと返した。受け取った彼は酷く無感情で、そうか、とだけ呟いて本を荷物の中へ放り込む。
「貴方をここまで連れ回したのは、単なる私の好奇心です」
 音素灯の灯りが僅かにちらつく中、ベッドに腰かけたフィアメントから目を逸らしたまま、ジェイドは口を開いた。
「本当は十分、それこそお釣りが出るほどに借りを返して頂いています」
「そうか」
「私はただ、貴方について知りたかっただけなんですよ、フィム」
 フィアメントは面喰らった。ジェイドの言葉は、彼を珍しく呆けさせるのに十分すぎた。普段の振る舞いに何かおかしな事でもあっただろうか、驚きに目を見開いたフィアメントの頭の中は混乱の極み。
 好奇心にしても、ジェイドはフィアメントの使う譜術に近い力もすぐに見抜いていたようだったし、彼には何がどうしてジェイドが己を知りたがったのかという理由が全く想像できなかった。しかしそれは全てフィアメントの主観で、ジェイドの好奇心の対象となったきっかけは極めて単純なものだったし、フィアメント自身が思うほど振る舞いや言動に違和感がないという事などない。
「貴方は、自分で思うよりずっと興味深いのですよ」
「そういうものなのか」
 ジェイドの笑みに、フィアメントは眉を寄せた。混乱は落ち着いたようだが、彼はまた思考の渦に身を投じてしまったらしい。自覚がないのは、今まで必要最低限しか「人間」と関わらなかったせいだろうか、ジェイドは苦笑しながら彼を眺めた。世間並の一般常識を備えている分、以前のルークやナタリアよりはましだが、フィアメントも随分浮世離れした感覚の持ち主だとジェイドは認識している。
「我々は借りは十分返して頂いていますから、今後は貴方が決めてください」
 それは、静かな部屋にやけに響いた。要するに、フィアメントがジェイド達に着いていくか否かを決める権限を、ジェイドは彼に返すと言うのだ。
 これでフィアメントが離れるならば、ジェイドはそれも構わないと思う。ルーク達は怒りそうだが、ここまで我を押し込めているフィアメントは、きっと腹の奥底に煮えたぎる憎悪を抱えているだろうし、このまま惰性で同行するとジェイドも錯覚しそうになる気がした。
 彼が一緒に着いてきている事は当たり前だと。
 それは、もしフィアメントがジェイド達に刃を向けた時に躊躇いとなってのし掛かるだろうし、きっと彼はそうなることを望んではいない。ならばここで線を引くことも重要だろう。
「不思議なものだ」
「何がですか?」
 しばらくの沈黙の後、フィアメントが口にしたのは回答とは程遠い言葉で、ジェイドは思わず聞き返していた。彼が自身の心境を吐露するなど、珍しい。
「俺は未だ“人間”を赦せはしないというのに、貴公らには……憎しみが沸かない」
「そうですか」
「貴公らが断らないなら、俺は着いていく」
「分かりました」
 ジェイドの言葉は了承であり、フィアメントはそれに対して僅かに笑みを浮かべた。普段の表情より幾分か柔らかいそれは、自身しか見ていないだろうという優越感に、ジェイドもつられて笑んだ。
 フィアメントは、己の知らぬうちにルーク達を認めていた。ただ、それをはっきりと自覚していなかっただけで、無意識の態度や雰囲気に滲むに限られていたのだ。それをルーク達は感じ取って、そうして何となく、仲間に近い存在だと認識していた。
 ダアトやナタリアの一件は、それが滲み出したからだと、フィアメントは漸く自覚したのだ。
「では、我々の目的を貴方にも知って頂きましょう」
 ジェイドのその言葉を皮切りに、フィアメントは一晩かけて彼らの目的について説明された。楽し気でもあるジェイドの目に圧されたフィアメントに、拒否権などないも同然だったが、理解力に長けた彼は睡眠を取るだけの余裕を残してすっかり呑み込んだ。




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