すれ違い無言劇


 再びタタル渓谷を奥へ進んでいくと、セフィロトの入り口が見えた辺りで突然深い霧が辺りを包んだ。響く何かの鳴き声に辺りを警戒し、ルーク達が武器に手をかけようとした所で、頭に立派な一本の角を生やした生き物が姿を表した。ミュウの言うところには、それはユニセロスという古代から存在する生き物のようだ。アニス曰く先程彼女が追いかけた蝶よりも高価らしいが、綺麗な空気でなければならないから街に連れて行けば死ぬかもしれないとジェイドがたしなめていた。
 ユニセロスはどうやら気が立っているようで、ルーク達を敵と認識してしまっている。その突進をかわしたものの、未だユニセロスは落ち着かない。
「ユニセロスってのは凶暴なのかよ!」
「穏やかで攻撃してこないはずだよぅ」
 再び勢いをつけるユニセロスに、ジェイドが一旦気絶させることを提案した。手加減をしながらユニセロスの攻撃をかわしていくルーク達だが、フィアメントは何もせずにじっとユニセロスを見詰めている。
「危ない!」
 ルークの攻撃を避けたユニセロスは、次いでフィアメント目掛けて突進してきた。そのまま角で突き上げるつもりらしく、頭を低くしている。フィアメントはその角を受け止めるべく武器を構えるが、ユニセロスの脚力で増した速度で近付くそれを止められるかは危ういだろう。
 ギインと、金属と角のぶつかる音が響く。
「悪く思うなよ」
 フィアメントがユニセロスの角を渾身の力で受けるも、彼の足はずるずると押されて後退していく。今のうちにと、ルーク達も体勢を整えて応戦の構えを見せたり、譜術の詠唱を始めるが、その間にもユニセロスは再度後足で勢い良く地面を蹴った。
 瞬間、フィアメントは鉈の背に添えていた手を離して、懐から柄だけの道具を取り出した。両手で鉈を支えて拮抗状態だったというのに、片手では軽く突き上げられてしまう。誰もがそう思ったが、フィアメントは受け流すように体を反らせた。
「捕捉する」
 柄だけだったはずの道具に、いつの間にか淡い青に輝く刃がつき、フィアメントはそれをユニセロスの後足の片方目掛けて投げる。そこへそのまま突き刺さると思ったそれは、不意に先が二又に別れて、遂にはユニセロスの後足を拘束し、地面へ縫い付けるように突き刺さった。
「流水抱擁」
 フィアメントの言葉に呼応するかの如くその刃は水と化し、ついにはユニセロスの躯を包み込んで地に倒した。そのまま動きを止めたユニセロスに、フィアメントは水を消した。
 しばらく誰もが動けなかったが、真っ先に我に返ったジェイドがティアにユニセロスの回復を促した。治癒術により我を取り戻したユニセロスは、ミュウを介してルーク達と会話を始める。
 聞けば、ユニセロスは障気を嫌っているが、突然障気を感じたためにルーク達の前に姿を現したという。しかし、渓谷には障気が出ていない。その疑問に、ユニセロスはティアが障気を吸っていると返してきた。
 ハッと息を飲んだティアに、思い当たる節があるのかとジェイドが問うが、彼女は言葉を濁すだけ。フィアメントは、そんな彼らを眺めていたが、不意にミュウに名を呼ばれた。
「ユニセロスさんが、フィムさんとお話したいと言っているですの」
「そうか、手短に頼む」
 フィアメントは、ユニセロスの傍らに膝をつき、話を聞く体勢を取った。ミュウの通訳を断り、ユニセロスがフィアメントへ小さく啼く。端から聞けばそれは単なる鳴き声だが、フィアメントにはそれが何を言わんとしているのか理解しているように、頷いた。
 ユニセロスは哀しげに一声啼いて、再び立ち上がった。次いで大きな声で嘶いて去ってしまう。あれがティアに向けた礼だとミュウが教え、ルーク達はユニセロスが何か誤解をしていたんだろうと結論付けた。
「ミュウ、先程の話は内密にな」
「は、はいですの」
 フィアメントは再び柄だけになった短剣を拾い上げながら、ミュウに釘を刺した。ユニセロスの話題に流されたフィアメントのその短剣は彼の懐に戻される。ジェイドだけは、彼を探るような目で眺めていたが。



 セフィロトでの作業を終えたルーク達は、渓谷にあるセレニアの群生地で小休止を挟んでいる。ティアの手製のケーキをアニスが作ったものだと勘違いしたルークが、彼女にそっぽを向かれる事態もあったりしながら、和やかな雰囲気に満ちていた。
 フィアメントは、数多のセレニアから少し離れた木の根元に腰かけてその様子を眺めていたが、そこにジェイドが近付く。
「フィム、貴方も随分消耗していますね」
 フィアメントはジェイドを見上げてから、気にするなと良い放った。全く分からない人だとジェイドは肩を竦めながら、フィアメントが背を預けている木の幹の傍らに立つ。
 ダアトで、フィアメントは無意識からの独り言だろうが、初めても同然に疑問を口にしていた。あのような少女が親の仇討ち、しかもルーク達に対してというのが意外に思えたのだろうが、他人に関わることを避けている節もあるフィアメントがそれに僅かでも食らい付いたことは、ジェイドからすればそれは大きな変化だった。このまま彼が他人に関わるようになれば、いつかは自身の好奇心を満たせるだろうと。
 フィアメントはジェイドの事などお構い無しに、地面に腰かけたまま腕を組んで、話し掛けるなと言わんばかりに目を閉じた。ジェイドの感じた変化は、フィアメントにとって複雑な心境に陥るもの。今までは無意識でも問わずにいられたのに、それが出来なかったのだから。視界を闇に染めたフィアメントは、自制心をさらに働かせるべきだと結論付けた。他人に興味を持つことを良しとしない彼らしいものだが、恐らくジェイドからしたら面白くはないだろう。
 しかし、お互い言葉に出す事ではないと決め、頭の中で延々と思考を渦巻かせているだけだ。何かを語る前の熟考、その時点で結論を導き出してしまうフィアメントと、熟考しても確証がなければ言葉にしないジェイドは、結局のところ、近くて遠い関係から発展するまでの過程で知らぬうちに道を逸れて遠回りし続けているのだ。
 果たして今回も、短い小休止を二人近くで過ごしていたにも関わらず、フィアメントは自己完結で納得して、ジェイドが収穫は無かったと嘆息するだけに終わった。きっと二人の思考回路が見える人物がいたならば、彼らの内向的な思考故の分かり合う機会の喪失に苛立ちすら覚えたかもしれない。




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