緩慢な変化


 ルーク達は、結局真っ直ぐにダアトへ向かった。何人かの無言の圧力を無視できるほど、ルークは無謀ではないらしい。
 以前捕まったせいもあってか、フィアメントはルーク達にずっとついて歩いていた。目的はイオンへ助力を頼む、つまりダアトからイオンを連れ出すことらしい、とルーク達の会話からフィアメントは納得した。
 途中、アニスの両親にモースや六神将の状況を尋ねに行き、彼らの不在を確認した。にこにこと笑顔を絶やさないアニスの両親、オリバーとパメラはとても人が良さそうだ。フィアメントは、気持ちが少し穏やかになれるような気がした。
 今のうちにと、イオンの元へ向かって状況を説明すると、彼は快く承諾してくれた。調子が良いと語る彼は顔色もずいぶん良い。フィアメントの姿を認めたイオンは、彼に柔らかい笑みを向けた。
 途中、スピノザを追っていたアッシュから、ルークへ伝言が入ってきた。スピノザを取り逃し、ヴァンへ計画を告げられてしまったらしい。ベルケンドにいたヘンケンとキャシーは、シェリダンへと逃げさせたようだ。それならばなおのこと長居は無用とばかりにダアトの居住区へ出たところで、パメラがアニスを呼び止めた。
「ちょうどアリエッタ様がお戻りになったわよ」
 六神将の動向を尋ねたことが、彼女の中では用事があったからだという結論を弾き出したらしい。アリエッタという名前を、フィアメントは聞いたような聞かないような曖昧な記憶しかないのだが、ルーク達の雰囲気からして決して良くはない状況になったのは間違いない。
 慌てて居住区を出ようとするも、魔物を従えたピンク色の髪をした少女が向かってきていた。どうやら彼女が六神将、妖獣のアリエッタらしい。ママの仇と叫んだ彼女は、明らかにルーク達を睨んでいる。
「彼女の母親の仇?」
「アリエッタの育ての親はライガクイーンで、ルーク達がそいつを倒したんだ」
 ちょっと色々複雑なんだよと、フィアメントの疑問に説明をしたガイは苦笑しながら付け加えた。
 それにしても、人の往来もある場所でアリエッタが今にも攻撃せんばかりの勢いでいることは、ルーク達にも周囲の人間にも良いことではない。彼女は仇討ちで頭が一杯らしく、気にすることなく魔物に攻撃の指示を出す。辺りにいた人々を庇いながら、ルーク達は応戦していた。
「イオン様、危ないっ!」
 不意に、魔物の放った電撃がイオン目掛けて飛んでいく。それをアニスが庇うより先にパメラが飛び出した。譜術の直撃を受けた彼女は、ずるずると崩れ落ちていく。辺りに悲鳴が響いて、アリエッタが怯んだ隙にジェイドが彼女を拘束する。
 即座にナタリアがパメラを介抱し、どうにか一命をとりとめた。ジェイドの言葉に耳を貸さなかったアリエッタも、イオンの厳しい言葉にようやく魔物を引かせる。一連の出来事をガイの側で見ていたフィアメントは、すぐさま彼の異変に気付く。
 蹲るガイは、何かを思い出したらしい。辺りから人が減っていく間もなお、彼は立ち上がろうとすらしなかった。
「立てるか」
 そう声をかけたのがフィアメントだったことにガイは一瞬驚いたものの、素直にいいやと首を横に振る。ずっと忘れていた凄惨な記憶は、あれから月日を幾重も重ねた今でも、ガイを動揺させるには十分だったのだ。
「適当な場所に運ぶぞ」
 フィアメントは、小さく掛け声をかけてガイを担ぎ上げた。確かに彼は体格はしっかりしているし、力もある。だからといって肩に担がれてしまったガイが小さい訳でもない。
 横抱きにされるよりはと思えど、フィアメントのその行動を見た人々は目を丸くしている。はからずも視線に晒されたガイは、慌てて降りようとするも、動けないのだから気にするなとフィアメントに言われ、仕方なくそのままローレライ教団の本部にある礼拝堂へ連れていかれたのだった。



 礼拝堂で、フィアメントはガイの独白めいた話を聞いていた。今はなきマルクト領ホド島の貴族だったガイは、五歳の誕生日を迎えたその日にホド戦争が始まった。攻め込んできたファブレ公爵率いる軍勢からガイを守るため、彼に折り重なるように姉やメイド達が身を挺したという。
 ガルディオス伯爵家の長男、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。それがガイの真名だ。ファブレ公爵への復讐のためにガイ・セシルと名を偽り、使用人として潜り込んでいたのだと、ガイはフィアメントに説明した。
「そうか」
 言葉少なに返答したフィアメントは、それきり何も言わなかった。ガイも黙り込んで、礼拝堂は静けさが満ちる。途中、ジェイドも二人の様子を見にやってきたが、彼もその雰囲気を察してかガイに具合を訊ねるに留める。
 ガイはただ静かに、己を庇い命を落とした人々へ祈りを捧げていたが、フィアメントは違った。ガイの過去を概要とはいえ知ってしまった事に、僅かながら動揺していた。よもや、単なる同行者とは見られていないのではないか。かといって大した交流もないまま、仲間という信頼関係を築けはしないとも、フィアメントは考えている。
 ルーク達と出会うまでのフィアメントだったなら、他人の過去など受け止めるよりも、あっさり受け流していただろう。だが、今の彼はあっさり受け流す事ができず、受け止めるべきものなのかと、慣れぬものをどうにか抱えているような状態だ。
 それは、他人と距離を置いていたフィアメントの進歩であり、少なくともガイを認めている証拠でもあるはずだ。だが、永らく一人で暮らしていて、対人関係よりも自己完結が得意な彼が出した結論はといえば、ガイも復讐を志していたからだろうという、若干逸れたものだった。結局、ガイの過去はといえば、未だ正しくはない持ち方でフィアメントに抱えられたままも同然である。
 フィアメントの目付きがこれ以上なく険しくなった所で、パメラの容態が落ち着いたのだろう、彼女についていたルーク達が礼拝堂に入ってきた。フィアメントは礼拝堂のステンドグラスへその険しい目を向けていて、ルーク達の会話を聞いていない。彼は、自分で結論を出したはずの事象について、それは正答ではないのだろうかとモヤモヤしたままだった。
 フィム、とジェイドに呼び掛けられ、フィアメントは漸くルーク達を視界に入れた。結局彼の中の靄は晴れずにいたが、保留だと強引に押し込めたのは進歩だった。今までならば考え込んだまま、眉間の皺が二、三本くっきり浮かぶままでいただろう。



 シェリダンでヘンケンとキャシーの無事を喜び、彼らから地核振動数の計測装置を受け取った一行は、セフィロトのあるタタル渓谷へとやって来ている。どうやら、ルークとティアは以前二人で来た事があるようで、それをアニス達に色恋沙汰かと囃し立てられていた。慌てるルークに対し、ティアはキッパリとありえないと切り捨てていたが。
 草木生い茂る渓谷でセフィロトの入り口を探すのはなかなか難しく、襲い来る魔物を撃退しながら奥へと進んでいく。フィアメントは時折野草を採取しながらも、はぐれることなくルーク達についていった。
「あっ!」
 不意にアニスが声を上げたが、どうやらセフィロトの入り口を見つけた訳ではないらしい。マニアに売れば四百万ガルドはかたいという、珍しい蝶を見つけたと騒いでいる。捕まえようと息巻いて駆け出したアニスに、ガイは苦笑しながら転ぶなよと告げた。
 その後、辺りを地震が襲い、揺れにバランスを崩したアニスが切り立った崖から落ちかけた。どうにか崖の淵に手をかけたアニスだが、そこから這い上がるのは難しそうだ。ティアが咄嗟にアニスの手を掴むも、彼女の力と体制では引き上げる事は困難だ。ナタリアの悲痛な叫びが響くが、その場にいた誰より先に動いたのは、アニスとティアのいる場所から一番近くにいたガイだった。
 意外。フィアメントの感想はそれ一つのみ。ガイは女性に触れる事が極端に苦手だと思っていたし、フィアメント以外も同じだ。
 しかし、アニスの腕を掴んで崖から引き上げたのは紛れもなくガイで、その後彼自身も驚いていたくらいだから、大きな一歩を踏み出すきっかけだったのだろう。アニスが無事という安心と喜びに和気藹々とするルーク達を横目に、フィアメントはちょうど視界に入った野草を集めていた。だが、彼も内心では、苦手なものを克服する気概を持てるのだから大丈夫だろうとは考えている。面と向かって称賛するつもりも、その考えを口にするつもりも、フィアメントには微塵もなかった。
「フィム、行くぞ」
 フィアメントの思考の渦中にいたガイの声に、彼は立ち上がる。そういえば、最初こそジェイドがこうして声をかけていたが、最近はガイがそうする事の方が多いな、とフィアメントはぼんやりと考えた。特にどちらがどうという訳でもないため、きっとガイがジェイドにしれっと押し付けられたんだろうと、フィアメントは勝手に自己完結させた。




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