進行のままに


 結局フィアメントが起きたのは、アルビオールが魔界に落ちたシュレーの丘へ向かっている時だった。随分同じ姿勢で寝ていたせいか、伸びをすると体が軋んだような気がしたが、フィアメントはそんな些末な事よりも、フィムが起きた!と大騒ぎするルークやアニス、ナタリアの方が気になって仕方なかった。
「全然動かないからって心配してたらしいぞ」
「ただ寝ていただけだ」
「フィムは随分寝ていましたからね。ガイ、彼に今までの説明を」
「何でこの流れで……まあいいか」
 ジェイドのしれっとした説明役の擦り付けに妥協したようなガイを見たフィアメントは、そうして妥協する上に律儀に説明をしてしまう事が問題なんじゃないかと思う。それを告げればガイはこう答えるだろう、ジェイドに逆らえるような人間なら、そもそも彼が面倒を押し付けることはないだろうと。
 ともかくも、次の目的地がシュレーの丘と知ったフィアメントは、自身のボロボロになった衣服を見てから口を開いた。
「貴公らは用事を済ませていてくれ。俺は荷物を纏めてくる」
「何故ですか」
「そこに住処がある」
 事も無げに告げたフィアメントに、驚きや疑念の目が向けられるが、結局代えの衣服があるとボロボロのブーツやグローブを見せられては文句も言えない。もはやみすぼらしく見える服装であるフィアメントを、今後も連れ歩くのは若干心苦しいものがある。
「まあ良いでしょう。この先何があるか分かりませんからね」
「すまない」
 そうして、合流場所をアルビオールに決め、フィアメントはルーク達と入り口で別れた。



 獣道を進むフィアメントは慣れたもので、洞穴を塞ぐように備えられた木製の扉を開けた。寝床である草編みのむしろは青さを失っていて、フィアメントは本格的に帰ってきたら編み直すことに決めた。
 それから、岩壁の傍に置かれた木の枝を編み込んだ箱を開けて、フィアメントはグローブとブーツだけを取り出しすと、ボロボロになったものを地面に脱ぎ捨てた。金属音が洞窟内に反響したが、気にするでもなく真新しいそれに手足を通す。
 何度か感触を確かめ、フィアメントは岩肌を削って作った棚から、中に何かの葉が浮く、カプセルめいたガラスケースを二つ手に取った。ぼんやりと淡く光るそれと、短刀の柄だけを模した何かの道具をコートの内ポケットに入れる。
 慣れ親しんだ住処ではあるが、特に感慨もなく、変わったのは空の色だけだなとフィアメントはそこを後にした。再び獣道を抜けて丘の入り口へ到着する頃にはルーク達も目的を達成して来たようだ。結局全員が連れ立ってアルビオールに戻ると、再び空の旅が始まる。



 エンゲーブへ向かう途中でアルビオールから見えたのは、キムラスカとマルクトが戦争を始めた光景だった。フィアメントは爆発する煙など、繰り広げられる争いに、心臓が忙しなく脈打つのを感じている。
 すうっと体から血の気が引き、沸々と沸き上がるのは決して良くない感情。
 良くないからこそ今まで抑え込んだ感情は、もうとっくにフィアメントの許容力を越えていたのだと自覚させるのに、この戦争は十分すぎるくらいだ。だが、彼の自制心はさらに強かった。ぎり、と手を強く握り込んで落ち着いたフィアメントは、停戦とエンゲーブの住民の避難どちらを取るかと問われ、間髪入れずに避難の方を志願した。戦場など、今のフィアメントにとって逆効果だからだ。
『戦争は何度見ても、気分が悪い』
 呟きはアルビオールの着陸音に呑まれて消えた。



 エンゲーブからケセドニアへ、甚大な被害無く避難を完了させることが出来たのは、人間ホーリイボトルことフィアメントの功績もあった。戦場だからと空気を読む魔物ばかりではないし、兵士も性格は様々なのだが、フィアメントの存在は弱い魔物を遠ざけ、弱気な兵士が道を空ける。元々の目付きの悪さと相俟って戦場で自制心を保持し続けようと眉間に皺を寄せるフィアメントは、いつもの思案顔よりも割り増しで近寄りがたかった。



 フィアメントの眉間から皺が消えないうちに、キムラスカ軍の総大将を探してケセドニアへやって来たルーク達を交えた問題が起きた。キムラスカの総大将アルマンダインと共にいたローレライ教団の大詠師モースが、ナタリアを偽の姫と指摘したのだ。さらにイオンにダアトへ戻るよう進言し、イオンがそれに応えたのである。
 フィアメントはそれを話し半分に聞いていたが、イオンがダアトへ戻ると聞いて慌てて声を上げた。
「導師、忘れ物です」
 そう告げて国境越しにイオンに手渡したものは、シュレーの丘の自宅から持ってきた小さなカプセル。それを見たイオンは、そういえば貴方に預けていましたね、と話を合わせて受け取った。その後、イオンはモースに急かされてダアトへ帰国すべくそこを立ち去っていった。



 砂漠は暑いが、ケテルブルクに比べれば過ごしやすかった。それはフィアメントに限ってだが。暑い暑いと嘆くルーク達を横目に悠々と歩くのは、フィアメントとジェイド。二人の違いと言えば、ジェイドが心から涼しげな態度かは不明だが、フィアメントは普段よりも足取り軽く進んでいるところだ。
 ケセドニアで国境を越えた一行は、オアシスを目的地に据えていた。ルークを通じてアッシュが呼び出したのだ。フィアメントは、ルークとアッシュの便利連絡網について、ルークにとっては難儀連絡網だなと思った。受信の度に頭痛に襲われることは、フィアメントの中では傍迷惑と認識された。



 オアシスで待ち構えていたアッシュは、生真面目な話をするだけして立ち去っていく。わざわざそれを言うためにオアシスで待ってたのかと、フィアメントの中のアッシュは、かなり律儀な人間として固定されてしまった。もっとも、借りを返すためだけに、理由も聞かずにここまでついてきたフィアメントも十分律儀であるが。






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