印象の変化


 メジオラ高原に行くと告げられたフィアメントは、まああちこち行くものだとルーク達に感心したが、特に理由は聞かない。ただ、二つの音機関をガイとジェイドが携えているため、何か作業をするらしいと判断を下した。
 ともかく音機関はフィアメントの範疇外だったし、どうやらガイとジェイドが扱う事に決まっているようだ。そして、イオンはタルタロスの案内があるとかでシェリダンに残る算段らしい。メジオラ高原へ向かう事は一刻を争うらしく、ルーク達には緊張が漂う。



 メジオラ高原に到着すると、見慣れない譜業が木の枝に辛うじて支えられているのが見えた。しかも、ここは突風が強く、魔物もいるため、場慣れしていなければ譜業の近くへ向かう事は至難の業だろう。
 二手に別れて、それぞれが同時に音機関で譜業を安定させて助け出す、という話が決まり、風に煽られたりと不安定な譜業に、急ぎメンバーを分けてそれぞれ出発した。
 ガイの方へは、ルーク、ティア、アニスが。ジェイドの方へは、ナタリアとフィアメントがついた。ガイの方へ多く配備したのは、ジェイド曰くフィアメントの人間ホーリイボトルで生半可な魔物は近寄らないからだ。
 果たしてその効果は相変わらずで、しかもフィアメントが率先して魔物を薙ぎ倒すものだから、ジェイドもナタリアも軽い援護だけで進んでいる。ガイ達の心配をしながらも、この調子なら順調にたどり着けると思っていたのは、三人全員だった。


「何か来ます」
 もうすぐで目的のポイントだというのに、殺気が今までの魔物たちよりも強く伝わってくる。ナタリアとジェイドの前にフィアメントが出て、大鉈を構えながら口を開いた。
「俺が引き付ける。貴公らはその隙に行け」
「ですが、フィムは大丈夫なのですか?」
「ナタリア、ここはフィムに任せましょう。我々は時間が惜しい」
 駆けろ!とフィアメントが合図しながら魔物の視界に立ちはだかる。死角を縫うようにジェイドとナタリアが駆け抜けたのを確認して、フィアメントは改めて魔物と対峙する。その巨体の背には剣が突き刺さっているが、痛みは感じていないようだ。
 唸り声を上げ勢いをつけてくる魔物に、フィアメントは容赦なく武器を振るい上げる。当たってはいるのだろうが、魔物にはさしたるダメージを与えられていない。魔物は痛みに戦くわけでもなく、怒りの咆哮を上げてさらに攻撃の構えを取っている。注意を向けてから、上手く逃げて撒けばしめたものという楽観的な対応は難しい。
 これは危険だと判断したフィアメントは、大鉈を地面に突き刺し、白いノースリーブコートの内側に備えていた短剣を左手で持つ構えに変更した。テオルの森で布が破れたグローブは、面倒でそのままにしていたのだが、フィアメントは特に気にするでもなく魔物との間合いを詰めた。



 その頃、ジェイドとガイそれぞれが目的の場所に無事到着し、タイミングを合わせて難なく音機関を操作していた。譜業が地面に激突する事は回避され、誰からともなく安堵の息が漏れる。とにかく譜業の中にいる人物を助け出す事が最優先だ。



 魔物と対峙していたフィアメントは、光の鎖でそれを拘束していた。魔物が蠢く度に鎖が食い込んで、痛みに哭く。その隙を狙い、フィアメントが短剣を魔物目掛けて投げた。
 最早グローブもブーツもボロボロになり、フィアメントの手足には魔物がつけた生々しい傷が走る。それでも、魔物の目に短剣が命中し、絶叫に似た咆哮が辺りに響き渡る。

「光明追撃」

 フィアメントはそう呟いて魔物に背を向けた。途端に無数の光の矢が魔物に突き刺さった短剣目掛けて降り注いだ。そうして集まった光は一度消えたように見えてから、爆発して飛び散る。

 魔物の体が傾いで、ドスンと小さな地鳴りと共に乾いた地面に臥せった。

「済まないな」
 弔いにという感傷ではないが、フィアメントは魔物の背中に突き刺さっていた剣の一本を抜き、墓標のように魔物の傍の地面へ突き立てた。序でに自身の武器も回収して、ジェイド達は何やら急いでいたなと思い出したフィアメントは、傷の手当てを後回しにして歩き出した。



 その後、ジェイドとナタリアの二人と合流したフィアメントは、二人から散々文句を聞かされながら治癒術をかけられた。さらに後に合流したルーク達にもやたらと心配されたが、フィアメントはそれが半分も耳に届かないほどに消耗している。
 それに気付いた者がどれだけいたかは知らないが、目的である飛行譜石の回収と、譜業に乗っていた男ギンジの救助は無事に達成したため、ルーク達は再度シェリダンへ戻っていった。



 空を飛ぶ譜業、アルビオールの乗り心地はフィアメントも嫌いではない。操縦士であるノエルの腕前もあるだろう。辻馬車よりも、タルタロスよりも早く、空を駆けるアルビオールはそれでも大きな揺れはなく、メジオラ高原で体力をかなり消耗したフィアメントの眠気を誘うにはうってつけの乗り物だった。
「すまないが、少し寝ても構わないか」
「お断りしますと言われても、寝ずにいられる自信があるのですか?」
 欠伸を噛み殺しながらジェイドに尋ねると、にこやかな笑みと共にそう返されて、フィアメントは少し渋い顔をしてから言い方を変えた。嫌な物言いをする人物としてフィアメントの脳に刻まれたジェイドは、ただ彼の反応を見るのが面白いからという理由があってそうしている。そんなことをフィアメントが気付く由もないが。
「少し寝るが、何かあったら起こして構わない」
「分かりました。しばらくは寝ていられると思いますから、どうぞ」
 寝首を掻く真似はしませんから、と余計に付け加えたジェイドに、フィアメントは、渋い顔を益々渋くした。そんな彼とは反対に、ジェイドは清々しそうな表情を浮かべている。そのやり取りを見ていた全員、苦笑いする他なかった。



「こうして見ると、別に刺々しくはないんだな」
 ガイは、アルビオールの椅子に座り腕を組んで眠るフィアメントの姿を見て呟いた。普段のフィアメントからは、穏やかな立ち居振舞いの中にあるどこか刺々しい空気を感じる。それが苦手だとガイは思っていたのだが。
 フィアメントはルークやイオン、ミュウに対しては心から穏やかに接しているのだが、それ以外の面々には取り繕うような穏やかさを出している。ただ、巧妙に隠されているからそう簡単には気付かない。
 ガイは、フィアメントの奥底に潜む激情が、自身の中に仕舞い込んだ復讐心と似ている気がした。それは勝手な予想であり、そこから派生する単純な同属嫌悪だ。フィアメントが本当にガイと同じ感情を秘めているかは、本人のみぞ知ることだけれど。
「間もなくセントビナーです、特に問題が無いようですから、フィムはそのままにしましょう」
 ジェイドのその一言に、ガイは思考をこれからの行動について働かせた。



 フィアメントは魔界に降りる際にも目を覚まさない程に深く眠っていたが、あまりにも微動だにせず寝ていたものだから、むしろ周囲は心配していた。
「まあ、当分寝かせても問題ないでしょう」
 ジェイドの判断により、ユリアシティへいる間もフィアメントはアルビオールで眠り続けていた。ノエルがアルビオールで待機しているため、目覚めても問題ないだろう。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -