僅かな片鱗


 セントビナーに到着すると、まずはマルクト軍の拠点に向かう。ルーク達の会話に出てくる地盤沈下がという言葉を聞いても、フィアメントは目的を聞こうとはしない。それどころか、あちこちまわる事に文句も言わず、借りを返すためだけについていく彼は律儀だなとガイは苦笑した。



 セントビナーのマルクト軍の拠点では、何やら言い争いの声が聞こえてくる。フィアメントはいつものように入り口にひっそり佇んで、話には興味を示そうとしない。
 タイミング良く突入していったルークの一声を切っ掛けに、どうやら話がまとまったらしい。そうして、意気揚々と応接室らしき場所から出てきたルーク達の後ろに見えた人影に、フィアメントは目を見開いた。
「マクガヴァン」
「む、その声は、まさかラスティールか?」
「久しいな」
「よもやお前さんがジェイド坊やと一緒に行動しておるとは」
 ルーク達の頭には疑問符ばかりが浮かぶが、フィアメントに説明する気はないようだ。老マクガヴァンから視線を外すと、フィアメントはさっさとそこを後にしてしまった。
 老マクガヴァンは、ジェイド達がフィアメントの事をほとんど知らないと悟ると、彼が語らないなら話せないと申し訳なさそうに言った。そうして、崩落の前に避難させるんだろう、と急かす。



「腑に落ちないな」
「ガイ、気になるなら後で本人に聞いてください」
「そうだな。今はセントビナーの人達の誘導が先だしな」
 ルークがあちこち駆け回り、率先して誘導していることは目を見張る成長だ。フィアメントも最初こそ怯えられたが、老人の荷物を運ぶ手伝いをしたりと、なかなかの働きぶりを見せている。
 ガイとジェイドはそれが意外に思えたが、働かないよりは良いからと避難の手伝いへ向かった。



「危ない!」
 避難も半ばの頃、街の入り口にいきなり巨大な譜業兵器が現れた。ジェイドはそれを見て、原因の人間の目星をつけたようで、呆れたように空を見つめた。
「ハーッハッハッハ!」
 空に椅子が浮かんでいるのをフィアメントが捉えたと同時に、高笑いが辺りに響く。ルーク達もその人間を悟り、譜業を警戒しながらもその椅子に座る人間を睨み付ける。
 街の広場にいたフィアメントが遅れて入り口に来た時には、椅子に座る男は何かをヒステリックに叫んで譜業を操り、攻撃をしようとしていた。それを防ぎ、ダメージを与えていくルーク達の背後で、ジェイドが何か譜術を詠唱している。
 どうやら元凶の男は、自身で攻撃をするつもりはないらしい。
「スプラッシュ!」
 ジェイドが詠唱を終え、譜術で水流が現れる。動きが悪くなる譜業を見て、機械には水が良く効くらしいと察したフィアメントは、ジェイドの譜術で出来たFOFに狙いを定めて手を突き出した。未だ僅かに動く譜業に視線を合わせると、さらに手に力を込める。
「全て押し流せ」
 譜業の側から、水の矢が無数に現れ、既にダメージを受けて壊れかけていた部分に次々と突き刺さっていく。もはやだめ押しに近いその攻撃が止み、ルークが止めと言わんばかりにそれを打ち上げて、地面へ勢い良く落下した譜業は無惨な姿となっていた。
 そうして、劣勢となった椅子の男は何処かへ飛んでいった。
 危機は去ったが、セントビナーを揺れが襲い、沈下が始まってしまった。入り口で慌てて叫ぶルークや、案を出すティア達の話を、フィアメントはほとんど聞かずに呼吸を整えていた。
「フィム、大丈夫か?」
「大事ない、案ずるな」
「では、シェリダンまで急ぎましょう」
 ガイがフィアメントを気遣い、ジェイドが簡単に目的地を説明する。何故そこへ向かうのか、フィアメントはやはり聞かずについていくだけだ。



「フィムって譜術も使えるのか?」
 シェリダンへ向かう間、ルーク達から質問の嵐を受けたフィアメントは、さてどうしたものかと頭を捻っていた。しかし、ジェイドがあっさりと切り口を作ったため、説明せざるをえなくなる。
「フィム、貴方のあれは譜術ではありませんね」
「そもそも原理が違う」
「そのようですね、我々譜術士は音素を一度取り込みますが、フィムのあれは音素に直接干渉していましたから」
「その通りだ」
 フィアメントは自分から詳しい説明をせず、それだけ言ってそれきり口をつぐんだ。しかし、彼に聞きたいことがあるガイは、それを良しとはしなかった。
「フィム、マクガヴァンさんとは」
「随分昔の話だ」
「言ってもそうでもないだろ?」
「いや、少なくとも三十年以上は昔だが」
 フィアメントの言葉に、全員が絶句した。体格が良いとはいえ、見た目は高く見積もっても二十代後半くらいにしか見えない。ジェイドのように誰かをからかうつもりかと思えど、フィアメントの表情は真面目そのものだ。
「え、フィムって、何歳なの?」
「途中から飽きて明確に数えてはいないが、この中では一番歳上だ」
「な、なあ、何歳までは数えたんだ?」
「三十五までだ」

 辺りには驚愕の叫びが響き渡った。




 一行がシェリダンに近付くにつれ、ガイが見るからにそわそわし始めた。何か面白い物でもあるかとフィアメントが辺りを見渡しても乾いた地質、シェリダンを思い浮かべても音機関が並ぶだけだ。
「ガイ、シェリダンに何か面白い物でもあるのか?」
「あ、フィム、それは」
「当たり前だろ!シェリダンは音機関の聖地だ!」
 フィアメントの問いかけを遮ろうとしたルークの努力虚しく、ガイはいかにシェリダンが素晴らしい街かを力説し始めた。造船等も盛んで、ダアトも近い土地柄、国境を越えたマルクト帝国にも音機関を輸出しているらしい。
 あまりのガイのイキイキとした表情に、フィアメントは思わず相槌を打ちながら、シェリダンまでの道を歩くことになる。実際、周囲の目は冷ややかだから、もしかしたら慣れているのかもしれない。フィアメントは、シェリダンに到着するまでに音機関に詳しくなったような気分だ。
 ガイの熱弁に呆れたのか疲れたのか、シェリダンに着くなりフィアメントは街の入り口で待つ姿勢を取った。ガイだけは残念そうだったが、元々急ぐ用事がある事を忘れた訳ではないだろう。ジェイドに偏執狂とからかわれながらも、ガイはやはり音機関には目が無いようで、あちこちに視線を巡らせてシェリダンの中へ向かっていった。





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