燃え盛る記憶


 一夜明け、タルタロスの修理も終わり、ルーク達は再びグランコクマへ向けて航行している。とはいえ、アクゼリュスの崩落が引き金となり、戦争の気運が高まる最中の首都は陸地からしか立ち入れなくなっている可能性が高い。それを考慮したジェイドの判断で、建設中のローテルロー橋にタルタロスを接岸し、テオルの森を経由してグランコクマへ向かうルートを取ることになった。



 さて、何がどうして一人で森に取り残されているのか。フィアメントは首を傾げた。森にマルクト軍が駐留していて、警戒を露にしていたので、まずジェイドだけがグランコクマへ向かっていくことになったことは覚えている。
 フィアメントは、それから森に自生している薬草を採集していたのが問題だとは気付いていない。ともかくこのまま留まるのも、ジェイドからの依頼を無下にしたようで気分が悪いと、フィアメントは森の奥へと進んでいった。


「厄介だな」
「フィム!」
 フィアメントが森の奥の開けた場所に到着すると、はぐれたと思っていたルーク達が、見知らぬ大男と対峙していた。フィアメントよりも大きく、巨大な鎌を携えている彼は、どうやら敵らしい。
「余所見をしていて良いのか?」
 ルークに向けただろう大男の声に呼応するように、ガイがゆらりと剣を抜く。それに気付いたのはフィアメントだけで、ルークを狙うのかと判断し、武器を握る手に力を込めて地を蹴った。
「退け」
 ルークを突飛ばし、勢いを消すように鉈を地に突き刺すと、フィアメントはガイの刀を左腕で受け止めてしまった。ギシッと軋む音が止む前に、ガイの足を蹴りで払う。
 ルークが体勢を整えてもなお、フィアメントはルークに攻撃が向かわぬよう、ガイを傷付けぬよう、体術だけで妨害していく。何度か攻撃を受けたグローブは布が裂けているが、フィアメントは表情一つ変えずにいる。
「きゃっ!じ、地震?」
 突然地面が揺れ、アニスはイオンを守るように側に向かう。その地震で何かを察知したティアが、ナタリアへ側の木を指す。揺れはすぐに収まっていて、しゃがみながらもナタリアは迷いなく矢を放った。
「地震で気配を隠しきれなかったか」
 すんでの所で矢を避けただろう小柄な男が、忌々しげに呟き姿を消した頃にはもう、大男も姿が見えなくなっていた。フィアメントの腕に刃を振り下ろしていたガイも、糸の切れた人形のようにその場に倒れる。
「ガイ!フィム!」
「何事だ!」
 ルークが駆け寄ろうとしたのと、マルクト兵がやって来たのはほぼ同時で、結局全員が兵に連行されるようにグランコクマへ足を踏み入れた。



 グランコクマへ入ると、アスラン・フリングス将軍と鉢合わせた。どうやらルーク達を出迎えに行く所だったようで、ぐったりとしたガイを見るなり宿の手配などをしてくれた。どうやらガイにかけられたカースロットを解呪するには、導師でなければ出来ないらしく、終わるまでは各自で行動することにきまった。
 フィアメントはそれを聞くなりさっさと別行動を取るべく、一行から離れようとした。が、途端に目眩に襲われ、視界が暗転。



 ふと気付けば、フィアメントは赤く燃え盛る炎を茫然と眺めていた。嫌な夢、そうこれは夢だ。案じても炎に呼応するように激しくなる動悸は落ち着かない。
「彼らを捕らえろ!決して殺してはならん!」
『止めろ、我らが何をしたと言うのだ!』
「傷を付けるなよ!」
『貴様等全員っ、灰塵と化せえぇっ!』
 フィアメントは鋭い敵意を露に、眼前の炎を操るかのように両手を突き出す。途端に炎は意思を持つかのように、黒い影達に襲いかかる。さらに勢いを増した炎の赤に、フィアメントの視界が支配された。
『人間共を、俺は赦しはせん』



「フィム」
『黙れ人間っ!』
 誰かの声に勢い良く起き上がったフィアメントは、恨みに満ちた怒声を上げて身構えた。
「フィム」
 再度呼ばれた己の名に、ようやく意識がはっきりとしてくる。ふう、と息を突き辺りを見渡せば、そこは何処かの部屋。そして側にいたのはジェイドだった。
 ここはグランコクマ、と即座に思い出し、さらに宿屋かと予想をつけ、フィアメントはようやくベッドヘッドに背を凭れさせた。そんな彼を、ジェイドは黙って眺めていたが、小さく息をついて再度口を開く。
「体調は如何ですか」
「悪くはない」
 ガイは隣で解呪を受けています、とジェイドは現状を軽く説明した。それからしばらくの沈黙が走るが、珍しくフィアメントがそれを打ち破る。
「きっと貴公だけだろう」
「何がですか」
「俺が刃を向けた時に、迷わず俺を殺すのは」
「そうでしょうね、少なくとも私と、ガイ以外は貴方を信用していますから」
 そうだな、と返したフィアメントの表情は、それに安堵しているようにも見える。ジェイドは眼鏡のブリッジを軽く押さえながら、先程の言葉について思考を巡らせていた。古代イスパニア語でも、現在の言葉でもないフィアメントの発した言葉を、ジェイドは知らない。それでも、そこには言い知れぬ憎悪が満ちていたように思う。
 普段の落ち着き払った目とは違う、憎しみや恨みに似た黒い感情を露にした鋭い目も、静かな声とは全く違う激しい怒りを込めて張り上げた声も。今まで見てきたフィアメントからは想像もつかないものだ。彼が何を抱えているのか、何故それを隠し通すのか疑念は尽きない。
「フィム、貴方は極度の貧血でしたから、もうしばらく寝ていて構いません」
「すまない」
「貴方を運ぶのに随分苦労しましたからね」
 言外に、もう倒れるなと言われ、フィアメントは大人しくベッドに潜り込む。直後、カースロットの解呪が終わったと知らせが来たため、ジェイドは部屋を後にした。
『我が同胞達、俺が今人間と共に行動している事を、裏切りと取らないでくれ』
 手で視界を覆い、フィアメントは祈るような声音で呟いた。それに答える者は誰一人としていないのだけれど。



 次にフィアメントが起こされた時には、マルクト帝国のピオニー九世陛下との謁見は終わっていた。親しみやすい人物だったらしいが、ジェイドは相変わらずだったとため息と共に吐き出していた。次の目的地はセントビナーだと言う一行に、フィアメントは何も言わずに同行する。
「フィム、悪かったな」
「そうだ、フィムって格闘も出来るんだな!」
「怪我はありませんの?」
「体調はもう大丈夫?」
 何も言わずに、というのは無理だったらしい。ガイを皮切りに、ルーク、ナタリア、ティアに次々に声をかけられた。フィアメントも、さすがに一度に話を聞き分ける技は持ち合わせていない。とりあえず、案ずるなと返しておいた。
 その様を、アニスとイオンは微笑ましいものを見るように眺めている。ただ一人、ジェイドは複雑な表情で眺めていたが。





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