燻り出す疑念


 フィアメント達がダアトに戻ると、丁度良くアニスと合流できた。ルークについて散々捲し立てたアニスは、フィアメントの姿を見つけて驚きを隠せない。
「えぇ、大佐、何て言ったんですか?」
「彼には、ただしばらく行動を共にしてくださいとお願いしただけです」
「律儀なんですねー」
 フィアメントは特に気にした風でもなく、ただ彼らの側に佇んでいるだけ。そうして、ジェイドの計らいによってアニスとも畏まった態度を取らないようになった。
 未だにルーク達の目的を知らないフィアメントだったが、尋ねる事もなく律儀に同行している。ローレライ教団の神託の盾騎士団本部へと侵入した一行に付いて歩くフィアメントは、一般兵を気絶させるだけという指示にも異論を唱えず、武器である大鉈の柄で騎士団員を薙ぎ倒していく。
「フィムって強いなー、誰かに習ってたのか?」
「いや、趣味の散歩のお陰で自然と覚えた」
「え?散歩、で?」
「ああ、年に何度か、長くて一月は散歩をする」
 それは散歩とは言わないと、フィアメント以外の全員の気持ちがひとつになった瞬間だった。しかし、彼が戦力として申し分ないというのは紛れもない事実であったし、散歩の定義について議論している場合でもない。
 結局、本部にある部屋という部屋をしらみ潰しに探す方法を取る羽目になっているのだが、フィアメントはひたすら神託の盾騎士団兵を気絶させるだけ。何かを探しているらしいとは悟っていたし、それは見付けにくいものだろうとも予想していたが。フィアメントは、彼らが探しているのが人間たと知らぬまま、見付からないと愚痴るルーク達を少し離れた場所から観察するだけで、大人しくしていた。



 ルーク達の探していたものは人間だった。フィアメントは、導師ともう一人、ティアと年が近い金髪の上品そうな女性を、二人の囚われていた部屋の入り口近くから眺めていた。ガイに二人を紹介され、イオンはもとより、金髪の彼女がキムラスカ王国の王女であるナタリア・L・K・ランバルディアだと言われた時のフィアメントは、かなり動揺した。一国の王女がまさか囚われていたとは。
「フィアメントさん、頭を上げてくださいまし。確かにわたくしは王女ですが、皆さんと同じように接してくださいな」
「しかし、ナタリア様」
「わたくしの我が儘もありますが、そうでなければ街中で皆さんに迷惑をかけてしまいますもの」
 フィアメントは、ナタリアがそこまで言うならと了解し、ようやく神託の盾騎士団本部を後にした。そのままダアト港へ向かう道中で、次の目的地をマルクト帝国の首都グランコクマへと定め、再びタルタロスに乗り込んだ。



 崩落に耐えたタルタロスも、魔界の泥の中を航行した上に、そこから地上へと半ば強引に打ち上げたせいか、どうやら故障してしまったらしい。一行はそこから近いケテルブルクへ、タルタロスの修理のために立ち寄ることにした。
 それを聞いたフィアメントは僅かに眉を寄せる。ケテルブルクにはなんの非もないのだが、彼はそこをあまり好いてはいない。ジェイドの、あまり気が進まないという一言に、真意は違えど同意したくなる程に。



 ケテルブルク港に到着すると、ジェイドの計らいですんなり入港できた。目の前に広がる白銀の世界と突き刺すような寒さに、フィアメントは終始渋い顔をしていたのだが。それがあまりにも機嫌が悪いからだと取られたのか、ケテルブルクの街に着くまで誰もフィアメントに話しかけられなかった。



 ケテルブルクの知事邸で彼らを出迎えたのは、ジェイドの妹であるネフリー・オズボーンだ。ジェイドに妹がいるとは誰も知らなかったらしい。しかし、ジェイドより年若いというのにケテルブルクを取り仕切る立場にいるのだから、きっと彼の血筋は何か秀でているのだろう。そう勝手な憶測を飛ばし、フィアメントは黙って会話を聞き流していた。相変わらず彼らの目的に興味はない。
 ネフリーの計らいでケテルブルクに宿を確保し、タルタロスの修理が終わるまで滞在することになった。貴族の別荘地であるそこは静かながらも活気づいており、ガイなどは女性に言い寄られることに辟易したらしく、早々とホテルに戻っていった。
 フィアメントはそれを横目に、果たして彼は何が嫌だったのかと考えたが、まあ良いやと思考を中断させる。少しばかり街を見て歩いたが、フィアメントの眉間の皺は消えてはいないため、彼とすれ違う誰もが自然と道を開けていく。
 人間ホーリイボトルは、どうやら街の中でも効果があるらしい。
「妙な奴らだ」
「それは貴方もでしょう」
 ホテルの入り口付近でじっと立っていたフィアメントに、ジェイドが声をかけた。他の皆は既にホテルで思い思いに過ごしているらしい。ジェイドは、フィアメントに酒はいける口かと尋ね、彼が頷いたため、二人はホテルのバーに立ち入った。
「単刀直入に、我々の何に気付いていますか?」
「導師とルーク、あれは人に近いが厳密に言えば人ではないだろう」
 ジェイドはフィアメントのその言葉に、思わずグラスを置いた。それを取り繕うように、眼鏡のブリッジを押し上げてから彼にレプリカというものについて説明した。仲間達に既にレプリカだと周知されているルークについてはともかく、未だ本人とジェイドしかそれを知らぬイオンについても気付いているなど、フィアメントはジェイドの評価よりも聡いのか。
「それと、貴公の目は何かを施しているだろう」
「おや、それも知っていましたか」
 無関心なようで見ているのですね、とジェイドは呟く。フィアメントは特別彼らを注視している訳ではないが、そう言えば何故気付いたか説明しなければならない。面倒だから止めようと、フィアメントもグラスに波打つ琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
 フィアメントはジェイドを始め、行動を共にしているルーク達に大した興味はないが、ジェイドは彼に興味があった。襲い来るものは魔物も人間も関係なしに躊躇いなく手にかけるフィアメントの戦闘能力は、オールドラント中でもトップクラスのはずなのに、彼の事を指すような噂も何もないのだ。例え流れ者であろうと、力を振るう者は何かしら二つ名じみた呼称を付けられるにも関わらず。
 そして、フィアメントは雑談にも二言程度しか参加しないせいもあって、自身の事を話す姿は見たことがない。彼はただ、借りを返すためだけにジェイド達についている。恐らく、もう充分だと言えば、フィアメントはこの旅の輪からあっさりと離れるだろう。もしくは、最悪の場合は彼がルーク達に刃を向ける事だって。それをあり得ないと言い切るには、フィアメントの事を知らなさすぎる。
「そういえば、ガイにも気を付けた方がいい」
「ああ、彼にかけられたカースロットですね」
 酒の席だと言うのに、二人の会話はそこで終わる。お互いグラスを一杯空けただけでお開きになった。





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