ジレンマと揶揄の共存/ろじさこ(成長?)
 

ジレンマと揶揄の共存/ろじさこ(成長?)


たまに、とてつもなく不安になることがある。どうしようもない虚しさは心臓から始まり全身に広がっていく。思いきり酸素を吸い込んでも僅かに乱れる呼吸。どくどくと血管を流れる血液は速い。ああ、情けないことに指先まで震えてきた。
彼のことは嫌いじゃない。彼は左近のことを好きだという。でも左近はそれがいやだった。別に彼が嫌いだからというわけではなく、ただなんとなく好きだと言われても嬉しく思えない。はっきり言えば左近だって彼が好きだ。でも好きと言われても素直に喜べないのは左近が捻(ひね)くれ者だからだろうか。なんというか、追いかけられると逃げたくなる、というか追いかけられるより追いかけたい、というか好きだと言われると冷めてしまう性質なのかもしれない。そんな自分自身が嫌で嫌で仕方ないのだ。
ああ、どうして優しくするんだ、なんでそんな笑顔を見せるんだ、おまえのせいで胸が苦しいんだよバカ野郎。喉の奥がツンとして、悲しくもないのに涙が溢れそうだ。いや、悲しいのか。泣き顔なんて誰にも見せたくないのに。

「明日の予習しようぜ」
「、ん」

彼は忍たまの友を軽く掲げてバサバサと振りかざす。歯切れの悪い左近の返事を気にもせず「ここがよく分からないんだよなー」と話を進める三郎次。
それに左近は内心ホッとした。三郎次の前で、いや他人の前で弱い姿など晒せるわけがない。いつも通りにできているか、いつも通りとは一体なんなのだろう。普段の自分が分からない。今まで三郎次にどう接していたのか、自分で自分が分からない。

「おい左近、聞いてるのか?」
「あ、聞いてる」
「どうしたんだ?今日の左近、なんだか元気がないぞ」
「、別に」

ふいっと顔を背ける左近に三郎次はムッとする。いつもの態度よりもどこか素っ気ないのは気のせいではないようだ、と三郎次は悟った。でもどこがどう違うのかは彼にはさっぱり分からない。自分がなにか悪いことでもしてしまったのかと思い悩むが皆目見当もつかず、とりあえず左近の機嫌を損なわないように丁重に接する。
左近は一つ重い溜め息を吐いて下唇を噛み締めた。三郎次に当たってもしかたがない、むしろ三郎次が悪いわけでは決してないのにもかかわらず、自分の感情に任せて刺々しくなった言い方に申し訳なくなる。しかし、素直に否を認め謝れるほど左近は大人になりきれてはいないようで、居心地が悪そうに黙り込み今にも泣き出してしまいそうな顔を俯けた。

「もう予習はやめよう」

そう提案した三郎次に視線を移すと彼はなんとも思っていないような様子で、ますます左近は罰が悪くなってくる。その表情が、その態度が、その優しさが左近をいっそう苦しませていることに三郎次が気付くはずはない。口にしなければ相手には伝わるはずがないのに、そうしようとしないのは左近の意地なのである。低くも高くもあるプライドが邪魔して憎まれ口ばかりが先走ってしまいがちになり衝突も幾度となく繰り返した。
そのせいで三郎次が愛想を尽かすのも時間の問題なのではないかと冷や冷やしつつも、その方が気楽かもしれないと思っているところもある。本心がぐらぐらと揺れっぱなしで定まらないのを左近は不快に思っても自分自身ではどうすることもできないことは分かっていた。

「あ、のさ」
「俺、左近のこと、好きだよ」
「!」

ああ、まただ。またそうやって彼は想いを伝えてくる。左近の気持ちなど知る由もなく、そうやって愛の言葉を述べるのだ。左近だって決して彼が嫌いなわけではないのだから嬉しくないはずはない。けれども突拍子もなく、それも頻繁に好きだと言われても、こちらとしてはどう反応していいのかが分からない。
俺も好きだ、と言えたらどんなに楽なのだろうか。でもそんな三郎次は実を言えば嫌いでもあった。四六時中、好きだと言われれば嬉しいどころか気が滅入るのもので。それに左近は好きと言われたくないという気難しい性質なのだから彼にとっては大きな負担になっているのだろう。

「左近、」
「っ、いうな」
「…」
「好きって、言うな!」
「…」

俯いていた左近には三郎次がほくそ笑んでいたのを知るわけがなかった。


(左近は知らないんだ)(俺は知ってるよ、左近のことならなんでも)(可哀想に、“好き”と言われることが辛いんだろ?)(でも、ごめん)(そんな左近を見るのがかわいくていとおしくて、やめられないんだ)

 
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -