あやふやな言葉の意味/ろじさこ
 

あやふやな言葉の意味/ろじさこ


午前の授業が終わって昼食を取ったあと自室に戻る途中、学園長先生に呼び止められた。
何ですかと向き合うと金楽寺の和尚様に手紙を届けてほしいと学園長先生は言う。
分かりましたと返事をして手紙を受け取ると早速、支度を整えるために自室に向かった。

「どこか行くのか?」
「ああ、ちょっとお使いにな」
「ふーん」

室内には先に昼食を取り終えた左近が本を読んでいた。さして気にもせず徐(おもむろ)に押入を開けて必要最低限の荷物を取り出す。金楽寺までの距離はそれほど遠くはないので軽量で済んだ。
そのとき、ふと話を振られて適当に受け応えたはいいが左近の言葉が何故か煮え切らなく歯切れが悪い。何か言いたいことでもあるのだろうか。

「なんだ、寂しいのか?」
「そっ、んなわけないだろ!ばっかじゃねぇの!」

思いの外うろたえた左近に胃が擽られる。反応が過剰で面白い。
ほんの少し揶揄(やゆ)してやろうと軽い冗談を言うつもりだったのだ。

「一緒に行くか?」
「っ…、行かねぇよ!」
「寂しいなら着いてきてもいいぞ」
「一人で行けないのかお前は!」
「ばっ!違ェよ!お前が一緒に行きたいのかと思ったんだよ!」
「とんだ思い上がりだったな」
「連れてくれって言っても連れてってやらないからな!」
「ふんっ、こっちこそ願い下げだ」
「っ、寂しくて泣くなよ!」
「誰が泣くかバカ!一生帰ってくんな!」
「ああ、そうする」

小さな言い争いにまで発展するなんてこと予想の内には入っていなかった。考えもしなかった結果に苦虫を潰したような気持ちになる。
またやってしまったのか、俺の悪い癖だ。後悔してもと俺の足は思いとは裏腹にずんずんと足早に先へ進んでいく。
どうやら戻るという選択肢はないようだ。こんなはずじゃなかったのに。

「あれ、三郎次くん出掛けるの?お使い?」
「あ、はい」

正門の前には小松田さんがいた。いつものように正門前を掃除していたようだ。
気を付けていってらっしゃい、と何とも気が抜けた声にさえも、俺の行ってきますは負けていた。
下を向いて小松田さんの横を通り過ぎると強張っていた体から一気に力が抜けていく。
左近との言い争いが多少のストレスになったのかも知れない。学園を出ると少しスッキリしたので間違いないようだ。

──────────

道を抜けると何百、何千はあろうか果てしなく続く石段が見えた。これを登り切るのかと思うと少しうんざりする。
一段目に足を掛けてから、ふと蘇る先程の遣り取り。今更ながら左近に悪いことをしたなと罪悪感を感じた。
せめてもの罪滅ぼしに、と帰り掛けに団子を買っていってやろう。そう思案して先程とは打って変わって足取り軽く石段を駆け上がった。

「じゃあ、これで失礼します」
「わざわざすまなかったねぇ」
「いえ、お気になさらず」

使いは呆気なく終了した。どうして学園長先生は俺に使いを頼んだのだろうか。一年生でも良かったはずだ。
俺が金楽寺を出て行こうと踵(きびす)を返すと、和尚様に「三郎次くん、ちょっと」と呼び止められた。
返事をして振り向くと和尚様の両の手にあった包みが手渡される。

「何です?これ」
「桜餅だよ。お土産に持って行きなさい」
「いえ、悪いです!」
「子どもが遠慮するもんじゃない」

暗くならないうちに帰りなさいと和尚様は一言、俺を促して境内の奥へと戻っていった。
女の子の日に食べるお菓子じゃねぇか、と思いつつ左近への手土産ができたことに嬉しくなる。
左近は喜んでくれるだろうか、もしかして俺と同じように『女子の食べるものじゃないか』と憤(いきどお)るかも知れない。少しの不安を抱えて学園への道程を辿った。

「今帰ったぞ」
「帰ってくるなと、」
「土産だ。一緒に食べよう」
「っ、」

自室の扉を開けて学園長先生よりも先に左近に会いたかった。先程のことを謝りたかったし、土産も渡したかったからだ。
眉を顰めて戸惑う表情は素直に可愛いと思えた。それを口に出すことは到底できないが。言ってしまえば機嫌を損ねてしまいかねないし、言ったところで何かが変わるわけでもないのは分かりきっている。

「さっきはすまなかっな」
「おっ、おれの方こそ悪かった、なっ!」

俺から顔を背けてぶっきらぼうに謝罪の言葉を述べる左近な何だか珍しい。得した気分を味わいながら土産の包みを開ける。
中には和尚様の言う通り桜餅が入っていた。
「お茶、もらってくる」と立ち上がった左近を横目に桜餅を取り出す。
すぐに戻ってきた左近の両手には湯気が立ち上る二つの湯飲み。片方を受け取り一口啜って一息ついた。温かくてホッとする。

「うまい…」
「俺も」

一つ手に取り、丁寧に葉を剥がして一口齧(かぶ)り付くとほんのり甘い味が口いっぱいに広がった。手の中の桜餅からは、ぎっしり詰まった餡が今にも零れ落ちそうだ。
ふと「おれ、怒ってたのに、」と呟いた左近を盗み見ると、顰(しか)めた顔を俯かせて桜餅を頬張っていた。もっと旨そうに食えよ、と思ったが更に続けようとする左近の言葉を待つことにする。

「三郎次だけ頼られてズルいと思った」
「……」

恐る恐る紡がれる言葉にザワザワと背徳感が燻(くすぶ)られる。道徳なんて糞食らえ、心底そう思った。俺が抱いている感情は友情でも将又(はたまた)同情でもない。しかしそのことにまだ気付かなかった。

「おれも頼られたい。三郎次だけが頼られてっ、俺が頼りない、みたいっ」

咄嗟に奴の体を抱き寄せて気付くと左近に口付けをしていた。自分でも信じられない、予想外の行動だった。
それは一瞬のことであったが何刻も経った長い時間だったのかもしれない。
左近の唇は思った以上に柔らかくて温かくて、ずっとこのまま時が止まればいいとさえ感じた。

「っ、」

ドンと突き飛ばされた体は尻から床に落ちる。打ち付けた箇所がじわじわと痛むが、そんなこと気にしていられなかった。
怒りからなのか困惑からなのか、わなわなと震える肩から殺気とも取れる気配が立ち込める。きっと前者であろう、殺されるか?と覚悟を決めるが拳も武器も飛んでこない。
不思議に思い左近を見やると、俯いて表情は見えないが怒りに震えていることは確かだった。

「初めてだったのにっ、どうしてくれるんだバカヤロー!」
「え、」

嫌われたかも知れないとまで決意を固めていた神経の緊張の糸が解れていく。そっちかよ、と思わず突っ込みたくなったが、どうやらそうもいかない様子なのでやめた。
真っ赤な表情で俺を睨みつけるさまはどうしても迫力に欠ける。

「初めては好きな人って決めてたのにっ…」
「……」

一口に捲くし立てられて為す術もない。どっちにしろ俺が悪い。
それにしても『初めては好きな人』とは忍者には珍しくピュアな奴だ。そんな俺も初めては好きな人、と希望する者の内だが。
だから左近に口付けをした。ほんの出来心だと言っえば左近も水に流してくれるだろうか。いや、きっと怒るだろう。『そんな理由で口付けしたのか』と更に火に油を注いでしまうことになる。それだけは避けたい。
しかし好きになってもらえないのならば、いっそ嫌われてでも左近の心に居座りたい。例え負の感情でも左近の記憶の片隅に俺が残るならばそれでいい。
左近に抱いている感情は友情でもなければ将又、同情でもない。これは愛情だ。俺は左近を恋愛対象として見ていたんだ。

「でも、お前でよかった、と思う」
「は、」

左近が口にした台詞に耳を疑った。
『お前でよかった』?どういうことだ。お前は俺が口付けたことでものすごく怒っていたじゃないか。それを俺でよかっただと?そんなわけないだろ。俺がお前の『好きな人』じゃないから怒ったんじゃないか。慰めのつもりならやめてくれ。余計に俺が惨めになる。
言いたいことはたくさんあったがそれを言葉にすることはできなかった。何をどう伝えればいいのか今の俺は気が動転して言葉にならなかったのだ。

「お前のこと、きっ嫌いじゃないから、なっ」
「!」

その言葉に一瞬で動機が激しくなった。息がしずらくて苦しい。
これが俗に言うときめくということなのだろうか。今まで一度も恋をしたことがなかった俺にはさっぱり検討もつかない。ただ言えるのは左近と接してるときにだけ起きる症状ということだ。そして無性に気恥ずかしい。いつもの自分じゃないみたいだ。
左近を凝視すると先程同様、顔が真っ赤で、まるで熱が出たような血色である。その表情にまた気恥ずかしくなった。

「何か言えよ!」
「あっわり、」

呆気に取られていた俺が現実に戻ってくると左近はじとっとこっちを睨んでいた。それが更に俺の口を縺(もつ)れさせる。左近の前ではいい格好でいたいのに今の俺はすごく格好悪いと思う。
それでも吃る口は止まることを知らなかった。恥ずかしいからやめてくれ、と思っても思うようにいかないのは左近の前だからだろうか。いや、そうに違いない。以前から思っていたことだから。

「三郎次、」
「…それはお前が俺のことを好きだと思っていいのか」

漸(ようよ)う絞り出した言葉は少し意地が悪く、やっとの思いで纏めたのにも関わらず勝手に自己完結させてしまったような言い方に聞こえた。
そして自分でもあくどい笑顔を晒してしまったと自覚するほど口角が釣り上がったような気がする。その証拠に左近の口元が一瞬だけ引きつって見えた。しかしその後すぐに朱に染まり照れたのだと理解する。
無駄に期待させる反応にまた胸が苦しくなった。一体どこまで俺を期待させれば済むんだ。

「勝手にしろ」
「ふぅん」
「…んだよ」
「愛してるぞ」
「っ、死ね!」

もしかすると左近は俺以上に照れ屋で意地っ張りなのかも知れない。言葉で伝えてくれないとはっきり分からないのに。
でもそんな君が更に愛おしく感じる俺は末期。


(あやふやな言葉の意味)

終わり


(お前は?)
(黙れ)
(照れ屋、意地っ張り、頑固)
(うっせ!)

 
 
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