さよなら日常、こっちおいで非日常/鉢タカ+くく(妖怪パロ)
 

さよなら日常、こっちおいで非日常/鉢タカ+くく(妖怪パロ)


(いたい、からだじゅうがいたいよ)

「んみゃあ…」

(ぼく、しんじゃうのかな、たすけて、だれか、おかあさん)

「おやおや」

(だれ、たすけ、て)

「みゃ、」

その日はすごく晴れた日で、暖かい風が南からふいていて、木も草もそよそよと気持ちよさそうにそよいでいた。でもそんななかぼくは体中が傷だらけで痛くて痛くて泣いてるだけ。
まだ生まれたばかりではしゃいでいたんだ。崖があるのにも気付かずに。当然まだ受け身もとれないぼくはべしゃっと崖下に落ちた。必死にお母さんを呼んだけれどお母さんはきてくれなかった。そんな絶望の最中、必死に泣いたら知らないひとがぼくを助けてくれたんだ。

「三郎くん、おさかな食べないの?」
「私は生魚は食べないよ」
「なになら食べるの?」
「私たち妖怪はね、食べなくても生きていけるからね。ここ何十年なにも食べていないよ」
「…しってるよ」

タカ丸はまだ妖怪としては未熟だから食欲があるんだろうね、と三郎は目を細めて微笑んだ。あのときタカ丸を救ったのはこの三郎という一匹の大白狐、つまり妖怪だったのだ。千年以上も生きているため人形もにもなれるので一匹とは言い難いが(常日頃から人形になっているのである)。

「ぼくもおなかすかないようになるかなあ」
「そのうちなるよ」
「三郎くんみたいな立派な妖怪になりたいな!」

純真無垢で、まっさらで、妖怪には不向きなタカ丸を見て三郎の目はさらに細まる。まだ幼いタカ丸の言動すべてが可愛く思えた。
(私みたいに、か)
それも悪くない。純粋でけがれを知らないタカ丸を自分の色な染め上げるのも、悪くはないと思った。しかし自分みたいな妖怪になってしまったら、狡賢くていたずら好きになってしまう。そんなタカ丸はいやだとも思う。

「今日は、久方ぶりに町へ行ってみようか」
「きょうまちに行くの?やったー!」
「あんまりはしゃぐなよ」
「うん!」

もうはしゃいでいる、と思ったがそれも仕方がないことだった。町に行くのはおよそ十年ぶりなのだから。タカ丸にとって町は社会勉強にもなるし、楽しい遊楽地でもある。これから妖怪として立派に生きていくためには人間と同じで試練も遊びも必要不可欠なのだ。
普通の人間には我々の姿は見えないがタカ丸はまだ未熟なため、ときどき特定の人間に見えてしまうことがある。人間を装うにも耳や尾がまだきちんと隠せないのだ。

「タカ丸、おんぶと抱っこ、どっちがいい?」
「やだ!じぶんで歩く!」
「まだだめ」
「、ううー…」

しぶしぶ三郎にしがみつくタカ丸は腑に落ちない顔のまま町へ向かうことになった。一方の三郎はいやがりながらも従順に従うタカ丸に自身の顔に笑みを深く刻む。そんな様子に町へ向かう三郎の足どりは軽快だった。

「三郎くん!みてみて!」
「ああ、幸若舞か」
「すごいねー」
「そうか?」

能力なら我ら妖怪の方が何倍も優れている。たかが人間にはそのような特殊な能力は備わっていない。つまり人間とは妖怪からして見れば下等な生物にすぎないのだ。
自分から町に連れ出したくせに三郎はタカ丸の興味の対象が自分ではないことに少し不機嫌になる。それでもタカ丸を抱き上げられるのは自分だけの特権だということには満足しているようだ。

「キツネと、ネコ?」
「!」

突然うしろから呟かれたセリフに三郎の肩がぴくりと動く。いやな予感がしてそろりとうしろを振り向くとそこには黒髪の少年がいた。その少年には三郎とタカ丸の姿が見えているようで珍しそうな好奇の目を向けてくる。
(こいつ、私たちのことが見えるのか…)
こういった人間はまれにいるのだ。もちろんこういった人間に会うのは三郎は初めてではなかったが、久しぶりのことに少し動揺している。

「小童、私たちが見えるのか」
「え、うん」
「そうか。名は?」
「へ、兵助」
「兵助、他言無用だ」
「あ、うん」

たとえ誰かに言ったとしても誰も信じやしないだろうけれど、念には念を、と口止めの約束を交わした。
兵助はちょうどタカ丸と同じほどの上背で、年齢は十歳ほどだろう。タカ丸にとってはいい遊び相手ができたと三郎は胸中で一人ごちる。

「私は三郎、こっちがタカ丸だ」
「タカ丸か。ぼく兵助、よろしくな」
「うん、兵助くん、よろしくね」

自分よりタカ丸が兵助に懐いてしまったらどうしようか、と三郎は一抹の不安を抱えながら妖怪二人と一人の人間の奇妙な物語は始まっていった。

(さよなら日常、こっちおいで非日常)

 
 
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