順応されれば厭世/くくタカ
 

順応されれば厭世/くくタカ


この世の中に嫌気が差したと言えばそうなのかも知れない。血腥(ちなまぐさ)い戦争で罪もない人々にまで及ぶ生死の危機。正直者は馬鹿を見るという言葉通りに悪が勝ち正が負ける道理。
忍者は嫌なものばかりから目を逸らせない職業で、闇との共存を意味する。たとえ俺が忍びを全うしたのちに殉職したとしても誰も知ることはない。家庭があれば親族くらいは泣いてくれるだろうが、それ以外の人間は誰も死に気付きはしないのだ。
人の付加価値は、人生が終焉を迎えたときにどれだけの人間が自分のために涙を流してくれるのかで決まると俺は思う。だから忍者は見返りを求めてはならないのだ。

「心中してしまおうか」

どうしてそんな言葉が漏れたのか自分にも分からなかったが別に死ぬなとか言われたいわけではなかった。ただ単にこのまま二人で消えてしまおうかと提案しただけであって、構ってほしいからと言ったことではない。そこまで俺は寂しい人間ではないから。
え、と一瞬だけ言葉を濁したが雰囲気を読みとったのかタカ丸も否定しようとはしなかった。

「いいね、心中」

とりわけ生きることに嫌気が差しているわけではなさそうなのに心中を肯定するタカ丸の意図が掴めない。忍術に携わったばかりのタカ丸にはその厳しさは未知の領域であろう。自ら望んで飛び込んだ世界だとしても忍びの辛苦を耐えさせるには純粋すぎる。できることなら汚れたものから遠ざけて自分だけの場所に閉じこめたい。

「タカ丸が死ぬなんて考えたくない」
「なにそれ、矛盾してるよ」

からからと笑ってみせるタカ丸を手放したくない。もし心中に失敗したときのことを想像すると悍(おぞ)ましいことこの上ない。もしどちらかが死にどちらかが生きるかもしれないと考えるだけで発狂しそうだ。
それならいっそ二人でどこか遠くへ消えてしまった方がましだ。心中はいやだ。ああ、本当だ、矛盾している。

「俺は死なない」
「うん」
「だからタカ丸も絶対死ぬな」
「うん」

(死ぬときは一緒だ)(それまで共に生きよう)(この厭世もきみとなら打ち消せるはずだから)

 
 
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