雨の楽団/孫←さも前提孫→さも→←籐
 

雨の楽団/孫←さも前提孫→さも→←籐


真っ白なノートに筆を走らせて君との思い出を書き始める。扉の外はあの日のように昨日から降り止まない雨がいつまでも繰り返し地を叩く。鮮明に思い出されるあの頃のぼくたち。

『今日も雨かあ…』
『雨、きらいなのか?』
『きらい!外で遊べないから!』
『ははっ、左門らしい。でもぼくは雨、結構すきだな』
『そうなのか?』

ぽつり、ぽつり、一つ二つ静かに降り出した部屋の外。予想通りの雨、きみは傘を持って出かけたかな。
さよなら今日の日を幾重も重ねる。空を見上げれば光の粒。ありふれた日常、残響の楽団、雨が奏でた。

『雨音をきいていると何だか落ち着く』
『へええ、孫兵はロマンチストだな』

たくさんの人々が行き交う町の中で迷わずに君を見つけられる。たとえきみが迷子になっていたとしても、ぼくはきみを見つける。
葉桜を濡らす初夏の雨、いつかきみから来てくれるのを待っているぼく。濡れてしぼんだ猫をきみに重ねて。

『きらいな雨の日に連れ出して悪かった』
『そんなことないぞ!孫兵となら、どこだってどんなときだって楽しい!』
『左門…』
『あっ!傘が紫陽花みたいだな!』

鮮やかに咲く町並みの傘たち。真っ赤な番傘はきみの横顔を赤く染めた。
木陰の鳥たちは晴天を待ちわびているけれど生憎、ぼくはこの雨は嫌じゃない。
傘を一つたたんで小さなぼくの傘にきみを招いて。二人で入るには少し狭すぎて、それでもよりお互いの体温が近くに感じられて、それが何となく心地よかった。

『ごめん、左門…ごめんっ、』
『まごへ、』
『っ、ごめん…』

凛とした空気は堰を切った。指先が軽く触れ合う距離。けれど触れ合うはずの指先は真逆に離れていった。それは絶対に離れてはならないことであったのに。
ありふれた日常は灰色に染まっていった。

『左門』
『…と、ないっ』

雨は止み机に筆を置いた。空はいつしか流れ始めた。
ぼくがきみについていた嘘、きっときみは知っていたよね、初めから。ぼくは太陽みたいなきみに寄りかかりすぎていたんだ。雨みたいなぼくが太陽みたいなきみを雨雲で覆い隠してしまったからきみを見失ってしまったんだ。
ぼくらの失敗は雨に流れ、やがてぼくたちも押し流した。きみが描く幸せの絵にぼくの姿は見当たらない。その目に映っていたぼくは……─────

「藤内!こっちだ!」
「待ってよ左門!そっちは行き止まりだよ!」
「こっちだーっ!」
「だから違うってばー!」

罪人が行き交う町の中で迷わずにきみを見つけられた。葉桜を濡らす初夏の雨、いないきみを探してるぼく。目を閉じ風の香に君を映し。


(今さら気が付いたことがある)(ぼくはきみが好きだったんだ)(もうこの想いも届かないんだね)


(ぜんぶ雨が洗い流してくれたらいいのに)

 
 
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