好きな子ほど虐めたい/三木さも
 
 
「おい、バ神崎」
「なんですか武器オタク先輩」
「…」
「…」
 
互いに睨み合ってすぐさまふんっと顔を背けた。二人は今、文次郎の言いつけで居残って帳簿の整理をさせられている。理由は言わずもがないつもの言い争いのせいだった。
お互いに口も聞かず黙々と作業を続けていたが、その沈黙を破って三木ヱ門が左門に声をかけた。それもまた喧嘩になりそうな呼び方で。
 
「富松と次屋は優しいか」
「は?ええ、まあ誰かとは違って優しいですよ」
「…そうか」
「なんですかいきなり」
 
調子が狂う、と左門は怪訝そうに三木ヱ門を見た。一瞬だけ、どこか憂いを帯びたような表情を見せてからすぐまた不機嫌そうな顔に戻る。なんなんだ、と再び左門は訝しく思ったが、帳簿の整理をするその手は止めなかった。
早く部屋に戻って寝たい。嫌な人とずっと同じ空間になんかいたくない。そう思う一心で帳簿の整理を続けた。
 
「…おい、ここ間違ってるぞ」
「え?あ、ほんとだ…って、人の心配してる場合ですか」
「自分の分はもう終わった」
「…」
 
さすが上級生と言うべきか。左門は少しだけ三木ヱ門を見直してしまった。
でも、それでも三木ヱ門に気を許すなんてまだできない。どうせ腹の中では自分を馬鹿にしているんだと思うと悔しくなった。
なぜ自分の分は終わったのに、まだ残っているのか。もしかして自分が寝ないように監視でもしているつもりなのだろうか。左門は三木ヱ門に疑心暗鬼になる。しかし考えても仕方ないと眠気でぼーっとする頭を無理矢理働かせた。
 
「…」
「…」
「…」
 
耳鳴りがしそうなほどの静寂が重たい。なんとなく左門はそう思った。まだ憎まれ口を聞いている方がマシかも知れないとさえ思う。睡眠不足で頭がオーバーヒートでも起こしているのではないかとさえ感じるほどである。
お願いだから帰るか、いつものように悪口でも言ってくれ、と願ってしまった自分がいることに気付いた。今はこの沈黙より少しでも音が欲しい。
 
「…終わったんなら帰ればいいじゃないですか」
「いや、待つ」
 
やはり耐えきれず左門は減らない口を叩いたが、三木ヱ門のあっけらかんとした返答に返す言葉が見つからない。なぜこの人は嫌いなはずの自分なんかを待つのだろうか。段々と左門の頭の中は三木ヱ門に対しての疑念が深まっていく。
(きっとバカにしてるんだ!絶対そうだ!)
また悔しくなって左門は下唇を噛んだ。自然と眉間に皺が寄り、眉が下がる。
 
「…帰ってくださいよ」
「おまえが放っておけないんだよ。それにおまえまた迷子になるだろ」
「っ、一人で帰れます!だからっ、」
「そんな泣きそうな顔をするな」
 
虐めたくなるだろ…───
三木ヱ門にぼそっと耳打ちされて左門の肩がびくっと跳ねる。いつも自分を虐めてるじゃないか、とか泣きそうな顔なんてしてない、とか反論したいことは山ほどあったが、あまりにも真剣な彼の眼差しに左門は息を飲み込んだ。
彼の、三木ヱ門の意図が掴めない。単純で意地悪な先輩に、こんなにドキドキするなんて、有り得ない。
 
「たむらせんぱ、」
「本当は私だっておまえに優しくしたいんだ」
「…」
「ただ、おまえがかわいくてつい、な」
 
知らない、こんな感情。知らない。こんな彼を初めて見た。知らない。大人の顔をしている。
(僕、変だ…)
心臓が早鐘を打ったようにうるさい。なんだか顔も熱くなってきた。もしかしたら病気なのではないか。いや、きっとそうだ。これは病気なんだ。心の中で無理矢理そう自分に言い聞かせた。
 
 
(でも、これはいったいなんていう病気なんだ…?)
(それは恋の病…─────)
 

 
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -