精一杯の“素直”/ろじさこ
 
 
「なぁ、言ってよ」
「いやだ」
 
先程から飽きないのかというほど、こんな遣り取りの繰り返し。お互い意固地になって一歩も譲らない。特に左近は頑(かたく)なに三郎次の頼みを拒否し続けている。
どうしてそんなにムキになって言わないのか。どうしてそこまでして言わせたいのだろうか。二人は同じようなことを考えているのに、意見はどうにも一致しない。
どうしても言わせたい。言ってほしい。左近の口から一言だけでいいから聞きたい。
絶対に言いたくない。なんでわざわざ口に出さなくちゃならないんだ恥ずかしい。
お互いがお互いに意地になって、どちらかが折れる様子は未だ見られない。
 
「減るもんじゃないだろー」
「そういう問題じゃない」
「ケチ」
「なんとでも言え」
「もういい。寝るわ」
「…」
 
どうしても言おうとしない左近に痺れを切らした三郎次は、ついに自分が折れることを決意表明した。少しぶっきらぼうに左近を突き放すような言い方をする。
しかしそれは策略の一つで。押してもだめなら引いてみる、という左近にはとても効果がありそうな作戦だったりする。
それにまんまと引っ掛かってしまった左近の表情は非常にばつが悪そうで、少しだけ自負の念に駆られた。三郎次は(どこかの先輩ではないが)心の中でだ〜いせ〜いこ〜う、とほくそ笑むが、そんな姿を微塵も見せずに素知らぬふりで床にごろっと寝転がった。
 
「…三郎次」
「…」
「おい、三郎次ってば」
「…」
 
意外にも寂しがりやな左近が少し泣きそうな声で呼びかける。しかし三郎次は完全に拗ねてますといった体勢で無視を決め込んでいた。そんな左近に三郎次の良心が少し痛んだが、でもどうしても言ってほしかったのだ。
まだ左近の口から一度しか聞いたことがない言葉。たった一言だけでいいのに、彼は恥ずかしがって言ってくれない。言うのはいつも自分だけ。聞いてみてもはぐらかされてしまうことばかりで三郎次も寂しい思いをしていた。
だから今日こそは、とこんな意地悪を嗾(けしか)けてみたのだ。我ながら悪知恵が働いたものだ、と自嘲が零れるが。
 
「ほんとに寝たのか…?寝てる、よな…?」
「…」
「ッ、す、好きだバカ…っ」
「!」
 
それだけ言い残して左近はその場からスッと立ち去った。扉がピシャリと乱暴に閉められるのを合図に三郎次はがばっと起き上がる。そして左近が出て行った入り口を呆然と見つめた。
ほんと素直じゃないな、ちゃんと顔を見て言ってもらいたかったな、とか心残りはあったけれど、三郎次はとても満足した気持ちになった。あれが彼の精一杯の“素直”なんだと思うと笑いが込み上げてる。
 
「くくっ、はははっ、めちゃくちゃ嬉しい…」
 
いったいどんな顔で左近は帰ってくるんだろう。たぶん真っ赤になるだろうな。想像しただけで楽しくて嬉しくて、愛おしい。
そうだ、帰ってきたら抱き締めて、口付けてやろう。きっと驚いて、また真っ赤になって、怒るかな。
 
 
(世界一幸せ者かも知れない)
(たったこれだけで幸せだなんて、めでたい)
 
 
 
お題:モノクロメルヘン

 
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -