メビウスの憂鬱/綾タカ
 
 
ふわふわ、くるくる、ほわほわ、ぽかぽか…ぴよぴよ?
うーん…
 
「なに考え込んでるの?」
「おや、タカ丸さん」
 
やっぱりふにゃふにゃ?
彼を見ていたら目が合ってしまった。見過ぎていたか。素知らぬふりで僕は彼に返答する。といっても返答らしい返答ではないが。
特に口にする必要はないだろう。べらべら喋るのは性に合わない。滝夜叉丸や三木ヱ門じゃあるまいし。もともと自分は口数は多い方でもないのも分かっている。それ故に周囲から誤解を受けやすいのも事実だが。
 
「今日は穴掘らないんだね」
 
珍しい、と付け足された言葉に少しだけ胸が高鳴る。彼はよく自分を見ていてくれているのだと実感したからだ。そしてなによりも自分を気にかけてこうして話しかけてきてくれることが一番嬉しかったりする。
 
「今日はタカ丸さんの穴をほりた、」
「きはちろおおおおおうっ!」
「おやまぁ、滝夜叉丸。いたの」
「いたぞ!ずっといたぞ!私の存在を否定するなァァ!それから真っ昼間から下ネタはやめろ!」
「うるさいなぁ」
 
やたらがみがみとうるさく喚く滝夜叉丸の叫喚を、両手で耳を塞いで遮断しながら睨む。おかげで愛らしい音が拾えないじゃないか。まあまあ、とでもいうようなジェスチャーをするタカ丸さんはきっと滝夜叉丸を宥めているのだろう。そうしてやっと滝夜叉丸が温和(おとな)しくなったようだ。
なんだか気が散ったというか削がれたというか萎えたというか。とにかく滝夜叉丸のせいで気分が害された。気晴らしに塹壕を掘りに行ってこよう。
 
「あ、結局掘りに行くんだ」
「ええ、滝夜叉丸のせいです」
「なぜ私のせいなんだ!」
 
まだ喚くか。円匙(えんし)を肩に担いでじとっと滝夜叉丸を横目で睨む。次いでちらりとタカ丸に目を向けると、よく分からないなぁと眉を下げて困ったように笑っていた。
 
「…行ってきます」
「おいちょっとコラァ!」
「あっ、」
 
滝夜叉丸の怒声を無視して中庭を目指す。そのとき聞こえたタカ丸さんの声に、後ろ髪が引かれる思いがした。
ざくっざくっと一心不乱に穴を掘る。一定のリズムが心地よい。はて、自分はなにに憤っていたんだ?僕はタカ丸さんのことで頭がいっぱいだったはずなのだが、よく分からない。
 
「…はぁ」
 
溜め息か一息か、二酸化炭素を吐き出したそのとき。ずざざっと勢いよくなにかが上から落ちてきた。咄嗟に受け止めてみると、そのなにかとは人間で、太陽光に反射した目映いほどの金色。彼しかいなかった。
 
「…あ、あはは」
「タカ丸さん」
「ごめん、落ち、た…?」
 
なぜ疑問形なんだ。そう、それは彼なりの気遣いだと知っていた。とことん嘘が下手な人だ。あまり言いたくないが(言うと悲しむかも知れないから)しかし忍には向いていないのではないのだろうか。
 
「わざと、ですよね」
「…ごめん」
「謝らなくてもいいですよ」
 
どうしたんですか、なんて野暮なことは聞きたくない。この人のことだからきっと、自分を心配してきてくれたに違いないから。それが素直に嬉しかった。
変なところで勘のいい彼はたまに、僕が思っていること、考えていることを鋭く言い当てる。それが的を射ていて、嬉しくもあり、ちょっとだけ年上の余裕を見せられたような気がして悔しくもある。
 
「悩み事?」
「……」
「そっかそっか」
 
なにも答えていないのに彼は僕の頭をとんとんと撫でる。ああ、やっぱりなんか悔しい。でもこの温かい手が土を掘るよりも心地よいのは事実だった。
そうか、僕は嫉妬していたのかも知れない。ここまでされなきゃ気付かないというのもなんとも情けない話だが。
 
「みんなに愛想振りまいてたらいつか襲われますよ」
「え…?んぅっ、」
 
なんだかペースが狂い始めたような気がして、彼の唇を己の唇で塞いだ。嘘。それは言い訳で、ただ彼の唇を奪いたかったのが本心である。
それから彼の肩口に顎を乗せ、彼の忍としては華奢すぎる体を抱き締めて彼の匂いを肺いっぱいに吸い込む。やはりお日様の匂い。それからそれに混じって土の匂いに心がどんどんと心が落ち着いてゆく。
 
「あまり心配させないでくださいね」
「…うん、ごめんね」
「好きです。愛してます」
「お、れも…」
 
恥ずかしそうにはにかんで照れた笑いを零す彼の腕が、遠慮がちに僕の背中に回る。それを合図に再び彼に口付けた。
 
 
(醜い嫉妬は)(暖かい太陽みたいな愛しい彼に包まれて)(溢れて消えた)
 
 
(終わりなき憂鬱)
 
 

 
 
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