いっぱいより少しの幸せ/孫さも←仙
 

平生喧(やかま)しいくのたまたちがいつにも増してやけに騒いでいる。特に気にも止めなかったが、ふんわりと香る甘い匂いで理解した。そうか、今日は甘味日なのか、と。
先輩にあげてきちゃったと語尾にハートでも付くのではないか、というくらいくのたまたち皆々が浮かれていた。興味はさほどない。理由は僕が甘いものはそんなに得意な方ではないからだ。
しかし、女子はどうしてそんなに気が多いのだろうか。いったい何人の忍たまにちょこれいとをあげれば気が済むのだろう。それとも来月のお返しという見返りを求めているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。

「伊賀崎先輩!」
「ん?」
「これ、私が作ったんです。よかったら受け取ってくださいっ!」

一人のくのたまから呼び止められて振り向くと、差し出されたものはちょこれいと。名前さえも知らない彼女は頬を朱に染めてそれを渡してきた。はっきり言って、いらない。どう断ろうかと思案して、当たり障りなくやんわりと一言ごめんねと謝る。彼女はひどく落ち込んだ様子で振り返り走っていってしまった。その後ろ姿をぼーっと眺める。
毎年のことであるからもう慣れてしまった。どうして僕みたいな奴にあげようとするのだろうか。意図が掴めない。

「い、いりませんよ」
「遠慮するな。私一人じゃこんなに食べきれん」

そのとき廊下の角からよく知った声が聞こえてきた。顔を見なくても分かる。左門だ。
そっと覗いてみると、一緒にいるのは立花先輩だった。両手にはいっぱいのちょこれいとを抱えている。どうやら左門にお裾分けをしているようだった。
左門はというと、あげた子に失礼だときっぱり断っている。しかし立花先輩は構わず無理矢理ちょこれいとを左門の腕いっぱいに抱えさせた。

「私からの愛だ」
「え、」
「私の愛は重いぞ」

左門はきょとんと立花先輩を見上げて少し頬を染める。そして立花先輩は颯爽と廊下を引き返していった。左門は呆然と立ち尽くしているまま。
なぜだか分からないが、その光景に無性に腹が立った。素知らぬふりで左門の横を通り過ぎようとしたとき、僅かな動揺が祟ったのだろう。左門がこちらに気付き、振り向いた。

「あ、孫兵…」
「…」

一瞬だけ戸惑った様子を見せた左門だったが、すぐにいつもの笑顔を咲かせる。やはり、この笑顔には適わないと心底思った。左門の両手いっぱいのちょこれいとなど、最早どうでもよくなってしまう。
彼はそのちょこれいとを隠すわけでも自慢するわけでもなく、少し眉を下げて苦笑して僕に駆け寄る。それがなにを意味するのか僕には分からなかった。

「えっと、僕からの愛だ!」
「!」

少し頬を染めて、左門はちょこれいとを一つ差し出す。先程の立花先輩の真似なのだろうか。しかしその笑顔は気取っていなくて、むしろ小動物のように愛らしい。
僕は知らぬ間にそのちょこれいとを受け取っていた。なんだか胸の蟠(わだかま)りがなくなっていく心地だ。

「僕の愛は、そんなに重くないからな!」

じゃあな!とどこかへ走り去ろうとした左門のサラサラな髪の毛をくいっと引っ張って引き止める。左門は「うわっ!」と色気のない声をあげて再びこちらを振り返った。
やはり頬は赤く、少し痛かったのか、瞳は潤んでなんだよ、と訴えている。

「…もっと重くてもいいよ」
「えっ…」
「ありがとう」

甘味日も、なかなか悪くはない。そんな気がした。



(HAPPY VALENTINE!)

 
 
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