先生、あのね/土井タカ
 


「タカ丸は、私のどこが好きなんだ」
「え、」

唐突に訊ねられてタカ丸は辟易気味に返答した。返答というよりもそれは問いに近い。
そんなこと一度も考えてもみなかった。なんとなくひどい髪質を持った人がいて、自分がなんとかしなくちゃ、という変な使命感を感じて、それからなぜか好きになってしまった。
ただそれだけのことなのだが、どこが好きかと言われると一体どこを好きになったのか覚えていない。それは一目惚れにも似たもので、出会ってすぐにまるで天蚕糸(てぐす)をするすると引き寄せられるみたいに心は彼に惹かれていった。

「もしかして、どこもない、とか…?」
「いや、えーっと…」

眉を下げて苦笑する半助に、タカ丸は申し訳ない気持ちになる。もちろん彼、半助のいいところがないわけではなかった。むしろありすぎて、どこから述べたらいいのか分からない。
しかしこれといった決定打的な要素は簡単には見つからなかった。それでも好きという気持ちはあるのだから彼から心が逸れることはないのだ。

「もういいよ、タカ丸。変な質問して悪かった」
「えっ、ちょ、土井せんせっ…!」

タカ丸の呼びかけにも応えず半助は踵を返して長屋の方へと戻っていってしまった。その姿はどこか哀愁を帯びていて、タカ丸は瞬時に悪いことをしてしまったと後悔する。
嘘でもいいところを述べるべきだったのか。いや、年若いとはいえ相手は大人だ。生徒の嘘など、ましてや恋人の嘘などすぐに悟られてしまう。それよりもタカ丸にとっては大切な人に嘘をつくことは心苦しいし、半助とて大事な人からの嘘なんて聞きたくないだろう。
ではどうすれば良かったのか。一体なにが最善だったのかタカ丸は悩んだ。

(あっ、そうか)

一刻ほど考えてタカ丸の中で答えは出たらしい。なにか閃いたような表情でふと顔を空へと向けた。
早くこの結論を彼に伝えたくて、半助が去っていった方向へ足を進める。まるで彼を不安にさせた分を埋めるようにタカ丸は半助の元へと足を早めた。
(早く、早く会いたい)

「土井先生っ!」

がらっと勢いよく扉を開け放って当然いるであろう彼の名前を叫んだ。やはりそこに彼はいた。やや目を見開いてタカ丸を見つめるが、その瞳は徐々に和らいで優しいものになっていく。まるで愛しいものを見つめる目にタカ丸は逸る気持ちを精一杯押し込めた。段々と一定速度に定まる呼吸を無理やり整えながら腰を降ろして半助に近寄る。

「、タカ丸」
「あのねっ、先生、あのねっ」
「ちょっと落ち着きなさい」
「あのねっ、土井先生の、好きなところ分かったのっ…!」
「、え?」

やたらと興奮気味に半助に詰め寄るタカ丸を宥(なだ)めるように、半助は彼の肩に手を置いて頭を撫でた。それでも冷めやらぬタカ丸の発言に、半助は一瞬だけ呆けてからゆっくりと聞き返す。
未だに弾む息と鼓動を抑えきれないのか、タカ丸は途切れ途切れになりながら一生懸命言葉を紡ぐ。やはり彼は、困ったように笑っていた。そんな表情もまた、彼らしいと言えば彼らしい。

「あのね、土井先生はね、優しくて、かっこよくて、強くて、ねっ…」
「……」
「ぜんぶ、全部…だいすき、」

最後の方は呟き照れた笑みを見せながら、まるでつんのめるようにタカ丸は半助に抱きついた。咄嗟に彼を抱き留める半助の腕が背中に回る。そしてしがみついてタカ丸は譫言(うわごと)のように「だいすき」と繰り返した。
自分でも耳が熱くなるのが分かる。きっと今、自分の顔は真っ赤だろう、とそんなことを思いながら半助の首に回した腕に力が籠もる。

「ははっ…苦しいよ、タカ丸」
「あっ、ごめんなさっ…」
「ありがとう、タカ丸。私もタカ丸のすべてが大好きだよ」
「ど、いせんせ、んぅッ…」

離れようとしたタカ丸の腕を引いて今度は半助が彼の体を自身の胸に収めた。そして彼の顎を掴み、そっと口付けを落とす。突然の口付けにもかかわらず、それは甘くとろけそうなほど優しかった。
生徒とこんなことをしているところを誰かに見られでもしたらまずいだろうか。いや、まずいに違いない。しかし込み上げるこの愛しさを止めることはできなかった。自分でも制御できないほど、半助は彼に溺れていることを実感する。



(先生のぜんぶがだいすき)
(傷んだ髪も、ほんとはきらいじゃないんだよ)
(先生、あのね…もっと抱き締めて、離さないで)

 
 
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