風邪だから仕方ない/ろじさこ
 

今日の左近はやけに優しい。いや、左近は元からとても優しい奴だ。それに嬉しくないわけではない(むしろその逆で)。でも今日の左近は、僕に特別に優しい。
そう、それは僕が風邪をひいたから。

「ごほっごほっ…っ、はぁ」
「大丈夫、か…?」
「んー…」

眉を下げ心配そうに訪ねて、左近は僕の額に乗った濡れた手拭いを取り替える。そして乾いた手拭いで僕の蟀谷(こめかみ)を伝う汗を丁寧に拭いてくれた。
その手つきが優しくて、ついつい甘えてしまう。普段の僕だったら絶対にありえないことで(自分で言うのもなんだが僕はプライドが高い方だから)。こんなに熱が高くなければ、きっとその優しい手を振り払ってしまうに違いない。

「お粥、作ってきたけど食べられそうか?」
「…ん、たぶん」

むくっと起き上がると被っていた布団の温もりが一瞬で消え失せ、急な寒気にぶるっと身震いをする。それでも背中には汗が伝うから不思議なものだ。寝間着がしっとりと湿っていて、肌に張り付く感覚が気持ちが悪い。
左近はかぱっと土鍋の蓋を開けると、そこからほかほかと白い湯気が立ち上った。

「ほら、口開けろ」
「…」

レンゲで粥をひと掬いすると、左近はふぅふぅと息で少しだけ冷まし、僕の口元にそのまま差し出してきた。
まさかこの歳になって、たかが風邪ごときで他人に食べ物を食べさせられるとは思わず、元々はっきりとしなかった頭が一瞬だけ固まる。そんな様子を訝(いぶか)しく思ったのか、左近は「あれ、おまえ猫舌だったか?」と素っ頓狂なことを聞いてきた。
違う、そうじゃないんだ。

「自分で食えるよ…」
「え…、あっ!」

お粥と僕の顔を交互に見比べてからすぐに、かぁっと頬を真っ赤にして、左近は土鍋ごと僕に少し乱暴に押し付けた。急な重みに慌ててそれを受け取る。
少し中身が零れたが、左近には今気にしていられる余裕がないようだ。

「ちょ、あっぶね…」
「あ、ごめっ…そ、そうだよなっ…!自分で、食べられるよなっ…、すまん…」
「…」

なんだか左近の様子が普段よりもおかしくて調子が狂う。いくらなんでも優しすぎやしないか(さっきも言ったが嬉しくないと言えば嘘になる)。
実のところ、少しだけ食べさせてもらいたかった、というのが本音ではあった。だが、羞恥と無駄なプライドが邪魔をして、左近の手を止めてしまった。思った以上に残念がっている自分に気付く。

「あっ、く、薬煎じるからっ…」
「やっぱり食わせて」
「…え、」
「冷める前に、早く食わせてよ」
「っ…し、仕方ないなっ…ほらっ、あ、あーん」
「あー」

もう羞恥も無駄に高いプライドも薙(な)ぎ払って、やっぱり左近の手で食べさせてもらう。
吃(ども)りながら言う「あーん」は決してかわいらしいとは言えないが、けれども顔を真っ赤にする左近が愛おしくて。やはり少し冷めてしまっていたが、絶妙な塩加減で、それが左近の手製だと思うと尚おいしく思えた。



((風邪のせいなんだからなっ!))((風邪のせいだから、これは仕方ないことなんだっ!))

(僕の顔が熱いのは風邪のせいなんだ)(だから仕方ないんだ)

(僕の頬が熱いのはきっと三郎次の風邪が感染ったからなんだ!)(別に照れてるわけじゃない!)





(3232企画サイトさま「バカ、好きだよ」様に投稿させていただいた作品でした)

 
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -