毒林檎をひとつきみへ/作さも←数
 

「あのさ、左門、」
「なんだ」
「ごめん、左門を見てると辛くなる」
「…」
「だからあまり、僕の視界に入らないで、ほしいんだ」

ああ、こんなこと言いたいわけじゃないのに。僕の口から零れた言葉は左門にとってとても残酷な言葉だったと思う。
違う。違うんだ。いくら心の中で強く否定しようとも、口に出さなくては伝わらない。そんなことは分かっている。
胸が苦しい。心が痛い。君は光で、僕は陰だから。

「…分かった、ごめんな数馬!」
「っ、」

なんで、笑うの?どうして、左門が謝るの?
僕はなんてことを口走ってしまったのだろう。たたっと走り去っていく左門の後ろ姿を呆然と見つめていると、忽(たちまち)ち絶望感が僕を襲う。胸が、張り裂けそうだ。
左門、お願い、行かないで。
心臓がどくんどくんと鳴り響いてうるさい。

「結構ひどいこと言うな、おまえ」
「、孫兵…」
「あれ、きっと傷ついたぞ」
「…」

分かってるよ。自分でも傷つけたってことくらい、自覚はある。
でも、こうでもしなきゃ今にも泣いてしまいそうで、自分を保っていられないと思ったんだ。ただの嫉妬、当て擦り。
こんな僕なのに、左門は馬鹿にしたり、軽蔑したり、増してや侮蔑したりなんかしなかった。その器の広さが、また僕の心を歪ませる。

「後悔するくらいなら謝ってくればいいじゃないか」
「そんなの、無理」

いつも元気で明るくて、前向きで楽しそうに笑う君が嫌いだよ。大っ嫌い。
嘘。本当は大好きで、愛しくて仕方ない。
幸せそうな君を見るのが辛い僕は、臆病者の卑怯者。君が手に入らないのならばいっそ、壊してしまいたい。
ああ、また視界がぼやける。
ねぇ、知ってる?涙って血なんだよ。血が濾(こ)されて透明になったものが涙なんだ。

「おい、左門!そっちは六年生の長屋だぞ!」
「っ、さ、く…」
「って、泣いてるのか!?どうした!?どこか痛いのか!?」
「ちが、う、これは、目にゴミが、」

左門、君も血を流しているんだね。下手な嘘までついてまで、そんなに作兵衛に心配かけたくないんだ。
知っているかな、僕はそんなに心が広くないんだ。むしろとっても狭いくらいなんだよ。君は僕のことをどう思っているか知らないけれど、僕はそんなに優しくない。

「左門、泣くな左門っ…」
「っ、」

そう言って作兵衛は左門の小さな体をぎゅっと抱き締めた。遠慮がちに左門の腕も作兵衛の背中に回されて、しがみつくように顔を埋める。
そんな二人を見ていられなくて、踵(きびす)を返して自室に戻った。
やっぱり視界に入れたくない。入ってほしくない。



(僕はまるで、欲しいものが手に入らないと駄々をこねる子どものようだ)

 
 
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