君がしつこいよと笑うまで/綾タカ
 

「綾部くんっ!」
「おやまぁ、タカ丸さん。ただいま帰りました」

忍びらしくもなく廊下を慌ただしく駆けてきたかと思えば、これまた忍びらしくもなく、しかも不躾に且つ少し乱暴に、タカ丸は喜八郎の部屋の扉をがらっと開け放つ。
い組は本日、演習に出て実践を学び、夕餉の刻に帰ってくるという予定だとタカ丸は聞いていた。けれども喜八郎だけ酉の刻を過ぎても帰ってこず、タカ丸は一人部屋で膝を抱え、そわそわしながら無事に帰ってくることを願いつつ、信じて待った。
そして戌の刻を一刻ほど過ぎた頃、喜八郎はいつもの調子で飄々としながら、やっと学園へと戻ってきたのだ。

「無事!?怪我してない!?」
「ありませんよ。至って無事です」
「よかったぁあ…」
「おやまぁ」

喜八郎の無事な様子を確認すると、安堵の溜め息を吐いてへなへなとタカ丸はその場にへたり込む。そんなタカ丸を余所に、喜八郎は踏み鋤の手入れをし始めた。まるでタカ丸の存在などすっかり忘れたかのように。

「…あの、綾部くん?」
「なんですか」
「おれ、心配してたんだけど」
「そうですか、心配かけてすみませんでした」

まったく悪びれる様子のない喜八郎。そんな彼とのやり取りに、タカ丸は口をへの字にしてそっぽを向いた。
(なに、なんなの!こんなに心配したのに、これじゃおれがバカみたいじゃん!)
明らかに拗ねている、というオーラを放っているのにもかかわらず、喜八郎は相も変わらず無表情なまま踏み鋤の手入れを続ける。

「っ、ばか!綾部くんのばかっ!おれ、ずっと待ってたのに!どれだけ心配したと思ってるの!?」
「…」
「っ…おれに興味がなくなったなら、そう言って、よ…っ」

最後の方は弱々しく、そして涙が滲んでうまく言葉が紡げなかった。泣くもんか、と思っても悲しくて寂しくて、次から次へと涙が溢れ出てくる。
拭った袖がじっとりと湿り始め、タカ丸はいよいよ居たたまれなくなり踵(きびす)を返して喜八郎の部屋から出て行こうとした。

「すみません。少し、意地悪しすぎました」
「いたっ、あや、」

さらりと翻(ひるがえ)った後ろ髪からは甘い香り。それに誘われるように、喜八郎は手を伸ばして一束掴んで、ぐいっと軽く引っ張る。
必然的にがくっと首を後ろにしならせて、痛いとタカ丸は喜八郎を振り返った。長い睫毛は涙で濡れたまま。

「あなたが涙を流すところが見たくて」
「っ…ばか、意地悪、サド」
「最高の褒め言葉をいただき光栄です」
「、んぅっ」

タカ丸の後頭部を右手で抑え、腰には左腕を回してがっちりと包み込む。そしてタカ丸の減らない口を己の唇で塞いだ。
それから角度を変えて何度も何度も口付けを交わすと、タカ丸の目尻からまた涙が溢れ、つぅっと頬を伝う雫。喜八郎はそれを優しく丁寧に舐めあげた。

「やっぱり、あなたの流す涙は純粋で美しいです」
「も、ばかっ…うっ、」

はらはらと止まらない涙を拭いたくても、喜八郎に抱き締められているため、それも叶わない。喜八郎は離すわけないだろうと言わんばかりに、抱き締める力を強め、次々に零れる涙を舐めとった。
まるで犬のようにぺろぺろと舐め続けるその舌の擽(くすぐ)ったさに、タカ丸は目を固く瞑って耐える。

「止まりませんね、涙」
「だっ、れの、せ、だと…おもっ、んむッ」

しゃくりあけながら必死に言葉を紡いでも、再び喜八郎の唇によって飲み込まれていく。甘くとろけるような深い口付けに今度は喜びからの涙が溢れた。

「やっぱりあなたには笑っていてほしいです。さあ、笑ってください」
「そっ、な、むちゃくちゃな…っ」
「タカ丸さんが笑うまで口付けしますから」
「んっ…ふ、ぅ」

強引な口付け。でもその唇と舌は優しくて、まるでタカ丸を慈しむように喜八郎は唇を啄む。
唇だけでは飽きたらず、額や瞼、頬、耳、首筋と、いろいろな場所に口付けの雨が降る。なんだか無性に恥ずかしくなって、もうやめてくれ、と緩く首を左右に振った。

「降参ですか」
「も、しつこいよ…」
「やっと笑いましたね」

勝ったとでもいうように誇らしげに、そして愛おしそうにまた喜八郎はタカ丸の体をぎゅうっと抱き締める。タカ丸は、綾部くんには負けたよ、と言って濡らした瞼を細めて困ったように笑った。



(涙で濡らした頬はいつの間にか乾いていて)
(その代わりに穏やかな笑みが飾られいた)
(あなたが笑うならたくさん愛をあげよう)
(あなたがしつこいと言って笑うまで決して離さない)





(企画サイト同じ時を過ごしたさまに投稿した作品です)
(なんか綾部が変態くさくて気持ち悪い…しかもさすがS法委員…みたいな)

 
 
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