今日は少し変わった日/文タカ
 
 
「潮江くん聞いてる?」
「…聞いてるが一ついいか」
「うん?」
「毎日毎日、もう仙蔵の話は聞き飽きたわバカタレ!」
「わっ!」
 
文次郎はタカ丸の惚気話を遮って、平生言いたかったことを思い切って怒鳴ってしまった。
忍者の三禁も守れない奴の話なんて聞きたくないし、しかもそんな奴を好きになってしまったなんてもっと認めない。認めたくない。
どうやらタカ丸は仙蔵が好きらしく、同室の文次郎に相談と言う名の惚気話を持ち寄ってくる。始めのうちは特に気にも止めていなかった文次郎だったが、毎日タカ丸に会う度にどんどん彼に惹かれていってしまったのだ。
(三禁を守れていないのは、俺も同じ、か…)
 
「さっさと告白でもしてフられてこい!」
「し、潮江くんひどいっ!」
 
まるで乙女さながらに口元に手を当てタカ丸は瞳を潤ませる。そんな姿を見て文次郎の鼓動は一気に加速した。顔を真っ赤にして、だらだらと過剰な冷や汗が流れ出る。
(ぐっ…!そんな目で俺を見るなッ…!)
この愛しさも切なさも、もうなにもかもを早く終わらせたくて、文次郎は一大決心を試みることにした。
 
「分かった、俺が悪かった。おまえはフられない。だからこうしよう」
 
そう文次郎が提案したのは、仙蔵と文次郎とタカ丸の三人で出掛けて、途中で文次郎がはぐれたふりをし、二人きりでデートをさせる、というとても在り来たりな作戦だった。
最初から二人で行けと言ったのだが、タカ丸が「最初から二人きりだと緊張する」と言うので、渋々ながら文次郎も着いていくことになったのだ。正直言って提案したはいいが、文次郎はあまり乗り気ではなかった。
 
「うあぁ、緊張するーっ…」
「待たせたな」
「(どっ、どうしよう来ちゃった…!)」
「そりゃ来るだろ」
 
三人は無言のまま町中を歩く。極度の緊張からか、いつもの明るさが消え失せ、タカ丸はとても温和(おとな)しくなってしまっていた。
見かねた文次郎はもう作戦決行だ、とばかりに二人に気付かれぬよう気配を殺して、その場からスッと立ち去る。あまり二人を見ていたくなかったというのが本音だったりするのだが。
 
「あ、れ?潮江くんは?」
「なんだあいつ、この歳になって迷子か」
「おれ探しに、」
「いや、放って置いても平気だろう」
「あ、そっ、か…だよね…」
 
(潮江くん、気をつかってくれたんだ…)
仙蔵と二人きりだと言うのに、なんだか落ち着かない。緊張していると言うよりも、なんだか歯車が噛み合わないというか、寂しさがタカ丸の胸の中を支配する。
文次郎がいない。ただそれだけなのに、仙蔵と二人きりで嬉しいはずなのに、なんだかモヤモヤとしてしまう。
 
「…温和しいが、どうした?」
「えっ、別に…」
「そうか?ならいいが」
 
なんだか、物足りないのだ。毎日あんなに楽しく笑えていたのに、今日に限って自然に振る舞えない自分に気が付いた。
(…ああ、そうか)
自分が笑えていたのは他の誰でもない、文次郎のお陰だったのだ。やっと分かった気がした。
 
「…やっぱりおれ、潮江くん探してくるから先に帰ってていいよ」
「…分かった」
「今日はありがとうっ!」
 
今日初めての笑顔で仙蔵を振り返り、たたっと駆けていく後ろ姿を仙蔵はやれやれ、といった様子で見送った。
(回り諄(くど)いやつらめ)
そして美しい髪を靡(なび)かせ、踵(きびす)を返して学園への道を辿った。
 
「…帰るか」
「潮江くんっ!よかった、いた…っ」
 
タカ丸はハァハァと肩で息をして膝に手を付く。どうやら周辺を走り回ってきたようで、大量の汗が滲んで額や頬を伝っていた。
 
「おまっ、フられたのか!」
「違うってば…」
「じゃあどうして、」
 
呼吸を整えて、ぐいっと腕で顎を伝う汗を拭う。走り回ったせいなのか、夕日のせいなのか、その頬は上気して朱色に染まっていた。
恥ずかしそうにまたぐいっと口元を腕で拭って、一度視線を下げてからすぐまた文次郎へと真っ直ぐ向ける。
 
「っ、おれ、仙蔵くんじゃなかったみたい…」
「、は…?」
「…潮江くんだった、みたい」
 
文次郎は固まった。お互いに頬を真っ赤にして、時が止まったかのように見つめ合う。けれどもタカ丸の表情は穏やかで、いつもの柔らかい笑顔だった。
 
 
 
(いつもありがとう、これからもよろしくね)
(…お、おう)
 
お題配布:モノクロメルヘン


 
 
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