和らぐことのない胸の痛み/くくタカ←文
 
 
それはとある休日の午後。たまたま火薬庫の前を通りかかった。そう、それは偶然。
その日はとても晴れた日で、冬だというのに冷たい風ひとつ吹いていない。日差しは暖かく、絶好の日向ぼっこ日和だとは思う。だが、いくらなんでもこの時期に外で昼寝なんてしたら風邪をひくに決まっている。
 
「斉藤」
「…」
「おい、斉藤」
「…」
 
どうやら完全に寝入っている様子の斉藤を、ついまじまじと見つめてしまう。男にしては長い睫毛、忍としてはまだまだ細い体のライン、焼けていない肌によく映える金色。
最初は認めてなどいなかった。軟弱で、危なっかしくて、頼りなさそうで。こんな奴が忍になるなど言語道断だと憤りさえ感じていた。
 
「斉藤、起きろ。斉藤っ」
「んー…?」
 
その細い肩を軽く揺さぶって斉藤を起こす。やっと目覚めた斉藤は、まだ寝惚けているのか、眠そうに目元を擦った。少しもったいないことをしたかも知れん、と己にしてはアホらしいことを思う。
一つ欠伸を零してから、うーんと伸びをして大きな瞳が俺を射抜いた。そんな斉藤の様子にどきりと心臓が跳ねる。
 
「やっと起きたか」
「あれ、潮江くん…」
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「んー…だるいー…」
 
まだ眠いよー…と、また閉じられそうになる瞼。その目尻には生理的な涙が滲んでいた。
柄にもなく思いのほか優しい自分の声色に驚く。斉藤を立たせようと、己の手を差し伸べたのにも驚きだった。
そして斉藤のふにゃりとした笑顔に、また心臓の鼓動が早まる。
(まだ、鍛錬が足りんのかも知れんな)
 
「おぶってってやろうか」
 
咄嗟に飛び出た言葉に、斉藤はきょとんと見上げてくる。
ああ、なにを言っているんだ俺は。自分でも予想だにしなかったその問いかけに、我に返ってから徐々に顔に熱が集まるのを感じた。
 
「冗談だ。バカタレ」
 
気恥ずかしくなって照れ隠しに悪態を吐き、そっぽを向く。どうにもこいつと関わると、なぜだか分からないが調子が狂ってしまうらしい。
やはり俺には鍛錬が足りないようだ。こんなことくらいで動揺するなんてまだまだである。10kg算盤じゃ物足りないのだろうか。いっそ、もう10kg増量してみようか。
 
「おんぶ、して?」
 
慌てて振り向くと斉藤はとても穏やかに、そして嬉しそうに両腕を広げていた。その姿が無性に愛くるしく、無邪気な子どもみたいで、また顔に熱が集まってくる。
ごほっと咳払いして誤魔化し、一つ溜め息を吐いてから、斉藤を受け止めようと腕を伸ばした、そのとき。
 
「タカ丸さーん!」
「あっ!久々知くん!」
「ここにいたのか。探したんだぞ」
「ごめん、お昼寝しちゃってた」
 
斉藤の顔が瞬時にぱっと明るくなる。そう、斉藤は奴の恋人。改めて現実を突きつけられ、面食らってしまった。
俺はなんてカッコ悪いんだ。最初から分かっていたことだろうに。
すぐさま久々知に駆け寄っていく斉藤の後ろ姿を見送り、行き場を失った腕を静かに降ろし、俺はまた一つ深い溜め息を零した。
 
 
 
(嫉妬なんて、馬鹿げている)
(それでも俺はおまえを…─────)
 
 

 
 
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