男は紅い果実に魅せられたの | ナノ


男は紅い果実に魅せられたの


※シャークさんと出会う前の遊馬で、Wのファンというif設定
※Wさんは外道で鬼畜、しかし愛はある
※最終的にWゆま♀からの凌ゆま♀落ち予定









Wが待ち合わせに指定する喫茶店は、いつもお洒落で上品な場所ばかりだ。遊馬のような子どもがドアノブを回すのは気後れする雰囲気があって、店内に入る時、いつも緊張してしまう。
「ここで間違いないよな……」
Dパッドと店の名前を見比べながら、遊馬は呟いた。Wからのメールには、待ち合わせの場所と時間、そして会うのが楽しみだという文句が並んでいる。ファンへのサービス精神に溢れた文面を見て、遊馬は胸が熱く高鳴るのを感じた。
彼女はアジアチャンピオンであるWの熱烈なファンだった。思い通りにカードを操る突出したデュエルタクティクスはもちろんのこと、周囲を気遣う紳士的な人柄にも惹かれていた。
なにより遊馬の心を鷲掴んだのは、とある大会でインタビューに応じたWの言葉だ。
――僕は多くの人に知ってもらいたいんです。デュエルには無限の可能性があるということを。
朗らかな笑顔でそう答えたWに、遊馬はすっかり夢中になった。Wの発言は、遊馬の理想だった。デュエルは楽しい。まだまだ弱くて負け続きだけれど、いつか必ずかっとべると信じている。デュエルに無限の可能性があるという言葉は、その思いを肯定されたようで嬉しかった。
大きなウィンドウに姿を映し、髪や服装の乱れがないか確認してから、遊馬は店内に足を踏み入れた。ドアに下げた小さな鈴が、来客を告げる音を鳴らす。緊張した面持ちで入店した彼女を、気さくな笑みを浮かべたマスターが快く迎え入れてくれた。
「お一人様ですか?」
「あ、いや、待ち合わせをしてて……」
店内はさほど混んでいない。ぽつりぽつりとお客さんが座っているくらいだ。そこに目当ての人物はいなかった。どうやら遊馬のほうが早く着いてしまったらしい。
「後から一人来るんで、待っててもいい?」
マスターの了承を取って、遊馬は奥の席へ向かった。Wは有名人なので、なるべく他の席から見づらい場所を選んだつもりだ。
そもそもこの喫茶店も大通りから外れた、分かり辛い路地にある。お客さんの入りが少ないのもそのせいだろう。けれどWが選ぶ店に外れはない。きっとここも、知る人ぞ知る隠れ家的な喫茶店に違いなかった。店内にある、美しい装飾の施された時計を見上げ、心を弾ませながら待ち合わせの時間を待った。
――カランカラン
十分前の時刻になった時、ドアが開いて、サングラスをかけた少年が入店してきた。はっと面を上げて遊馬は立ち上がる。あの金と赤の特徴的な髪色はWだ。素顔を隠していても遊馬には分かる。
(W!こっちこっち!)
まさか名前を呼ぶわけにもいかず、大きく手を振って合図を送る。気付いたWは口元を緩めると、遊馬のところまでやって来た。
「すみません、待たせてしまったようですね」
対面に座った彼がサングラスを外す。まず目に入ったのは、右目に走る大きな傷痕だ。次いで紅い双眸と視線がぶつかって、直に見れたその色に、心が瞬く間に高揚した。
「俺が早く来ちゃっただけだし!それに待ち合わせ時間はまだだよ。気にすることないって!」
一ファンでしかない遊馬と、個人的に会う時間を取ってくれるだけで、跳び上がりたくなるほどの僥倖だった。Wは仕事としてファンと交流しているのではない。自分の私的な時間を割いて会ってくれている。噂どおりファンサービスに熱心な人であるらしい。
デュエリストとしての腕前にも、ファンを気遣うW個人の人間性にも高い好感を抱いている遊馬は、会うたびに彼への想いが加速していくのを感じていた。
「女性をお待たせするなんて男としてあるまじき失態です。すみません……。遊馬、何か僕にしてあげられることはありませんか?」
「だから気にしなくていいって。遅刻してきたわけでもないんだしさ」
「それでは僕の気がおさまりません」
引かないWに遊馬はだんだん困ってきた。Wからは既に充分すぎるほどのものをもらっている。こうして会って話す時間や、金銭面に至るまで、細やかな気遣いを受けていた。どうせここの支払いもWが持つのだろう。いつも半額出すと言っているのだが、あれこれと理由をつけてWは受け取ってくれない。遊馬がお願いして会ってもらっている立場なのに、まるで乞うているのはWなのだとでも言うように、心尽くしのもてなしをしてくれる。
どこまでもWは紳士的で、彼といると遊馬はいいところのお嬢様にでもなったような気分になった。
「あー……じゃあ、デッキ見てくれない?新しいカードを入れたんだ。Wの意見がほしくてさ」
「それではいつもと同じじゃないですか……。頼まれずとも遊馬のデッキなら見てあげますよ。そうではなくて、もっと他にしてほしいことはないんですか?」
「ええ?だって時間割いてもらってるだけで嬉しいし」
本来なら雲の上の人、画面越しに活躍を応援するしかできないような相手だ。こうして会って直に話す機会を与えてもらっている以上のことなんて、とても望めない。
(本当は、もっと一緒にいたいけど……)
隠れるように会うのではなく、一緒に買い物に行ったり、美味しい物を食べ歩いたりしてみたかった。けれどそれは、ただのファンには許されない領域だ。高望みして嫌われるのもイヤで、さすがに口にはできなかった。
「なら、もっと一緒にいる時間を延ばすことにします。遊馬、この後なにか予定はありますか?」
「え?ないけど……」
「この近くに、美味しいパスタのお店があるんですよ。よかったらご一緒してくれませんか?」
「………!」
思いも寄らない申し出に、遊馬の鼓動が跳ねた。顔の筋肉が弛緩していく。
「い、いいの……?」
「ぜひ」
「ぃやったああああ!Wとご飯だ!」
うっかり大きな声を上げかけて、遊馬は慌てて口を押さえた。けれど頬はだらしなく緩んでしまう。デュエルの相談という名目で会ってもらっていたが、それ以外の目的でWと一緒にいられるなんて、デートみたいじゃないか。
喫茶店では改良したデッキの話に花を咲かせ、移動した先の店では料理に舌鼓を打ちつつ、他愛のないことで笑い合った。遊馬は学校であったことをしゃべり、Wは大会での出来事を面白おかしく話してくれた。思えば、互いの私生活を話題にしたのはこれが初めてだったかもしれない。憧れの人だった彼をぐっと身近に感じて、ときめく心がますます熱くなるのを感じた。
けれど楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。すっかり日も暮れた頃、遊馬は家路をWに送ってもらいながら歩いていた。
「今日はありがとな。あのお店、すっげえ美味しかったぜ!」
「気に入ってもらえたのは嬉しいですが……すみません。トマトが苦手とは知らなくて……。あそこはトマトベースのパスタしかないんです。遊馬の好みを先に聞いておくべきでしたね」
「もー、いつまで言ってるんだよ。俺でも食べれたんだからそう落ち込まないでくれよー」
注文する時は困ったが、いざ口に運んでみると意外に美味しかった。Wのパスタまでわけてもらったくらいだ。
「いいえ、リベンジさせて下さい。あなたを心から喜ばせたいんです。今度こそ遊馬の好みにあったところへ連れて行きますよ」
身を乗り出して言うWに遊馬は、え、と目を見開いた。
今度?
連れて行く?
思いがけない言葉にWを見上げていると、彼も怪訝な顔付きになった。
「……もしかして遊馬、今日のこともただのファンサービスだと思ってませんか?」
「ち、違うの……?」
「いくら僕でもただのファンを食事には誘いませんよ……」
どくん、と心臓が大きく波打った
(俺は、ただのファンじゃないの……?)
甘い期待が胸に広がった。頭の中の冷静な部分が、湧き上る想いを押し込めようとするが、それでも沈み込まずに浮上してくる。
高鳴る胸を押さえてWを見つめた。彼の背後にある月のせいで表情がよく見えないが、訴えかけるような視線を感じる。
「……遊馬……」
その顔が覆いかぶさるように近づいた。反射的に目を瞑る。
強張って震える唇に、柔らかな感触が重なった。
「っ……」
触れたものはすぐ離れていった。恐る恐る瞼を上げる。じっとこちらを見つめる赤い双眸が、すぐそこにあった。
「……これも、ファンサービスだと思いますか?」
「……お、思わない……」
声がかすれた。言葉を発するために唇を動かすと、今ここにWのそれが触れたことを強く意識して、一気に熱が上がった。信じられなかった。けれど眼前にいる彼は、柔らかく微笑みかけてくれている。
「来週、遊馬の時間を僕に下さい。デートをしましょう」
その笑顔と言葉に、夢ではないのだと悟った。感極まった遊馬は目尻に涙を浮かべる。触れ合ったところから全身に幸せが広がっていった。
「うん……!うん!」
何度も何度も頷いた。イエス以外の選択肢なんてあるわけがない。
憧れの人と交わしたファーストキスに有頂天になっていた遊馬は、奇妙なほど整ったWの笑顔に疑問など抱くはずもなかった。



タイトルbyChien11
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