Happy Wedding3 | ナノ




遊馬に遅れること数分。教会へたどり着いた凌牙は、事態を把握するなり額を抱えた。
(やられた……!)
間違いない。Wの仕業だ。
凌牙の幸せを邪魔するためだけに、こんな大騒ぎを起こすとは信じがたかったが、Wには前科がある。かつての全国大会の優勝候補であった凌牙を揺さぶろうと、無関係の女性を巻き込んだ男だ。結婚式を阻止するなら、式場ごと爆破することくらいやってのけるだろう。
幸いにも被害はチャペルのみで、スタッフのいた建物の方は無事だった。挙式のために派遣された神父もドレスも無傷だったが、こうなっては式など行えるわけがない。担当のブライダルスタッフからやむなく中止を告げられた。
「せっかく集ってくれたのにごめんなぁ、小鳥、鉄男」
「しょうがないわよ。それより、遊馬達が無事でよかった!」
「式なんて今日挙げなきゃいけねえわけじゃないしな。また次呼んでくれよ」
「ああ!」
今日の式に参加するはずだった関係者は控え室のほうに集められている。来てくれた幼馴染み達に謝罪する遊馬を眺めていると、隣に人の気配を感じて、ちらりと視線を飛ばした。
「ナンバーズハンター……」
「天城カイトだ。今の俺はもうハンターじゃない」
「そうだったな」
交通事故に巻き込まれた彼女を式場まで送り届けてくれたらしい。かつては敵として闘ったり魂を奪われたりした相手だが、すでに問題は片付いており、今さら蒸し返す話ではなかった。
「九十九遊馬……いや、今は神代遊馬か。友人の前だからああやって笑っているが、結構なショックを受けているみたいだぞ」
「……言われなくても分かってるさ」
一番近くで彼女を見てきたのだ。笑顔でいても、心から笑えているのでないくらい分かっている。
正式に結婚はしているのだし、今回の式が中止になったとしても、また改めて日程を決めて行えばいいだけだ。事が事なので、ブライダル関係者からも優先して次回の場所と時間を確保すると言われている。
けれど、それですんなり心に折り合いがつくかと言えば違う。プロポーズから結婚の下準備の期間も含め、積み重ねてきた期待を打ち崩された衝撃はかなりのものだ。次があるから今回はいいと言えるものではない。
凌牙が感じているショックと同じものを遊馬も受けているだろう。
Wの暴挙を防げなかったことに自己嫌悪を感じた。今頃奴は、望みどおり凌牙の幸せを踏みにじったことに満足しているだろう。想像すると腸が煮えくり返った。
「凌牙」
幼馴染み達との話を切り上げた遊馬が、ぱたぱたとこちらへ駆けてきた。
「カイトも。さっきはありがとな。あとごめん、送ってくれたのにこんなことになっちゃって……」
「謝罪などいらん。貴様のせいではないからな」
そう言うとカイトは、気を遣ったのか二人の側から離れた。残された二人は互いの顔も見れず黙っていたが、凌牙が慰めの言葉を口にしようとした途端、遊馬が満面の笑みで顔を上げた。
「もう、しみったれた空気はよそうぜ!今までもいろいろあったけどさ、二人で乗り越えてきたじゃん。今回のこともそれと同じだと思えばいいんだよ。式が駄目になったとしても、俺たちが駄目になったわけじゃないんだからさ!」
「遊馬……」
たまらなくなって、彼女の腰を抱き寄せた。顎をつむじの上に乗せてすっぽり遊馬の身体を覆う。
「凌牙?ちょっと、みんな見てる……」
恥ずかしがって胸板を押す彼女に、無理するな、と囁いた。凌牙の体を離そうとする動きが止まる。
「無理して笑うなよ。俺の前でくらい、弱音吐け」
夫婦なのだから本心を包み隠さずともいい。無理して笑顔なんてつくらないでほしかった。
押し返そうとしていた遊馬の腕がゆっくりと下がった。力なく頭が肩口に凭れてくる。
「……本当はさ、結構泣きそうなんだ」
凌牙以外には聞こえないくらいの小さな声だった。
「マジで楽しみだったんだよ……やっぱ花嫁って女の子の憧れじゃん?俺だって夢見てたわけ。好きな人との結婚を皆に祝われるっていうのに」
「ああ」
「次があるのは分かるんだ。でも……最初の段階でつまづくと、縁起担ぐつもりはなくてもこの結婚にケチつけられたみたいで……正直、滅入る……」
前向きな彼女に似つかわしくない溜息が聞こえた。慰めるように背中を撫でると、ぐりぐりと頭を押し付けられる。
心の底から参っている様子に、凌牙は何もしてやれない自分をもどかしく思った。夫婦となった今、遊馬を慈しみ守るのは凌牙の役目だ。なのにWとの諍いに彼女を巻き込んで、守るどころか落ち込ませている。
(W、覚えてろよ……)
暗い怒りを腹にためながら、凌牙は思考を巡らせた。
これまで邪魔してきたように、これから先もWの妨害行動は続くだろう。だからと言って遊馬を手放す気はさらさらなかったし、心底好いている彼女との間を引っ掻き回されるのは甚だ不本意だ。どうにか排除したいが神出鬼没なWを捕まえるのは並大抵のことでない。きっと今回の事件も犯人逮捕には至らないだろう。となれば、凌牙が自衛の手段を取るしかない。
(っても、どうすりゃいいんだよ……)
何をしでかすか分からない者の行動など読めない。それに気がかりなのは、改めて行われる結婚式のことだ。Wは本当に手段を選ばない。次回もとんでもない方法で邪魔してくる可能性が高かった。本気でそれは嫌だ。そもそも今回の式を取りやめるのだって、Wの思惑通りに転がされているようでむかっ腹が立つ。
遊馬を胸に抱きながら、その体温に癒されているのは凌牙のほうかもしれなかった。

――今までもいろいろあったけどさ、二人で乗り越えてきたじゃん。

ふと、遊馬が強がって口にした言葉が脳裏をよぎった。
凌牙一人では難しくても、二人だったら乗り越えられるだろうか。この状況も、自分たちの望む方向へ持っていくことができるのではないか。
(そうだ……諦めたら終わりだよな)
諦めたら人の心は死んでしまう。そう教えてくれたのは遊馬だった。彼女が弱っている今、凌牙まで気落ちしていたら終わりだ。これから先もずっとWのことで妥協し続けるなんて願い下げだった。
遊馬は泣き顔も可愛いけれど、笑顔のほうがずっと魅力的だ。それを守るのが夫としての凌牙の役目だった。いつかできるであろう子ども達も、妻もろとも守ってゆきたい。
(……ん?子ども?)
ピン、と閃きが脳を過ぎ去り、凌牙は抱く腕の力を弱めた。それに気付いた遊馬が面を上げる。
「凌牙?」
不思議そうに首を傾げる彼女を見つめながら、凌牙は記憶を辿る。
つい最近、遊馬と子どもについて話した記憶がある。あれは新居の片付けに疲れて、息抜きに近所を散歩した時のことだ。まだ保育園児ぐらいの幼い子ども達が遊んでいる緑豊かな公園を見つけた。そこには色とりどりの花が咲いた庭園があり、一目で気に入った遊馬が目を輝かせ、夢を語っていた。
いつかここで、家族みんなとちょっとしたパーティーでも開きたい、と。
「……遊馬!」
「はいっ!?」
がしっと両肩を掴む。瞠目する彼女の身体を力いっぱい抱きしめた。
「やっぱりお前は凄えぜ。言うこと成すこと、みんな俺の救いになる。お前と一緒なら何だって乗り越えられそうだ」
「え、え……?ど、どういたしまして……?」
目を瞬かせる彼女を離し、凌牙は強気の笑みを浮かべた。
「待ってろ。絶対に結婚式、挙げるぜ」
きょとんと見上げる彼女の頬に軽く口付けた後、彼はウェディングスタッフのもとへ足を運んだ。



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