Happy Wedding2 | ナノ




凌牙も式前日は神代の実家で過ごしていた。こちらは遊馬とは違い、穏やかに両親に見送られて家を出た。
ところが、愛用のバイクで教会に向かおうとした彼は、想定外の事態に見舞われ頭を抱える羽目に陥っていた。
「くっ……!こんな日に故障とか勘弁してくれよ!」
キーを入れてもエンジンがうんともすんとも応答してくれないのだ。簡単に直る程度の故障であることを祈りつつ、ざっと点検をした。
「これは……」
バイクが動かないよう、明らかに壊した形跡がある。何者かの悪意ある犯行らしいと知って、凌牙は眉を寄せた。誰の仕業かと心当たりに思考を巡らせる。
ちょうどそこへDゲイザーが着信を知らせる電子音を上げた。表示されたアドレスは登録にないものだ。いつもなら無視する類の着信だが、何だか予感を覚え、凌牙は通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
『おはようございます凌牙。ご機嫌はいかがですか?』
「っ、てめッ、W……!」
因縁の相手の声を聞いた凌牙は直感した。
「これはてめえのせいか!」
『ははは、何のことですか?』
「とぼけんな!大事な日に面倒なことしてくれやがって……!」
『大事な日だからに決まっているじゃありませんか。あなたの幸せを踏みにじることが私の愉しみです』
「悪趣味だぞ、W!」
ぎりりと歯を食いしばる。
Wの嫌がらせは今日に始まったことでなかった。遊馬と付き合っていたこの数年間、二人の仲を引き裂こうとあの手この手で邪魔をしてきて、凌牙と遊馬はそれに振り回され続けた。
ところが婚姻届を出した時は何もしてこなかったので、いい加減諦めたのかと思っていたが、まさか結婚式当日になって仕掛けてくるとは思わなかった。
「バイク壊すとか、みみっちい嫌がらせしやがって……!」
やってることは小さいが、移動手段を失うのはとても痛かった。
『みみっちい……?』
不意にWの声が低くなった。そんな風に評されるのは不本意だったようだ。
『みみっちい……そうですか。ならもっとドでかい嫌がらせをお届けしましょう』
「いらねえよ!!」
『どうぞ楽しみにしていて下さい。それでは凌牙、よき一日を』
言うだけ言って、Wは通話を切った。凌牙は舌打ちをする。
冗談でなかった。今日という大事な日を滅茶苦茶にされるのは許しがたがった。
凌牙だって結婚式を待ち望んでいたのだ。書類上は遊馬と夫婦の関係にあるが、同居してないため、結婚したという実感は薄い。
結婚式というのは、二人の関係が改まったことを知らせるための通過儀礼でもある。神など信じているわけではないが、永遠の愛を誓うことで新郎新婦は夫婦になったのだということを心に刻む。式に参加する家族や友人らも、その儀礼を祝福することで夫婦となった二人を受け入れる。そういう大切な儀式だと凌牙は考えている。
式や披露宴の進行などは、あれがやりたいこれがやりたいと気合を入れて語る遊馬の言葉を全面的に取り入れた。凌牙の希望も訊かれたが、最低限の儀礼を行えればよかったので、遊馬の好みに任せた。結婚式に夢を抱いているのは女のほうが強いだろう。あまり希望を却下すると後々の夫婦喧嘩の種になるとも言う。新婚旅行のプランも、新居の内装も、特にこだわりがあったわけでないので遊馬のしたいようにさせた。
数日前も二人で引越しの片付けをした時、近くに庭園を併設した広い公園があったので、いつか子どもができたらここでちょっとしたパーティーでも開きたい、と夢を語る彼女に頷いたばかりだ。
隣に愛する人がいて、子宝に恵まれ、家族みんなで笑い合う。そんな平凡な幸せを築きたい。
そのためにも結婚式は絶対に成功させたかった。Wの嫌がらせなんかで台無しにされてはたまらない。
「とにかく教会へ行かねえと……」
Wが何をするつもりかは知らないが、仕掛けるとしたら教会だろう。凌牙も新郎としての準備があるし、急いで会場へ向かわなければならない。
壊された愛車に歯噛みしつつ、タクシーを回してもらうためDゲイザーで番号を呼び出した。





一方その頃、明里の車で式場へ向かっていた遊馬も、足を失う事態に直面していた。
「ごめん!悪かった遊馬!コイツを新調したからテスト飛行してたんだ。まさかぶつかるなんて思わなかったぜ……」
そう言ってしょげているのはアンナだ。愛用のバズーカを抱きしめ、路上に座り込む彼女に、遊馬は大きく首を横に振った。
「それはいいんだよ!いや、あんましよくねえんだけど、それよりアンナ大丈夫か!?思いっきり吹っ飛んでたじゃんか!」
車のフロントガラスには大きなヒビが入っている。それだけの勢いでぶつかったのだ。運転手の姉も人を轢いたも同然の事態に顔を青くしていた。
「ああ、大丈夫だ。バズーカは無事だぜ!」
「お前のことだよ!!本当に怪我してないのか!?」
「アンナちゃんだったわね。一度病院で診てもらったほうがいいわ。今、車を呼ぶから……」
救急車もそうだが、警察も呼ばなければならないだろう。
これから式が控えているというのに、なにやら大事になってしまった。街中のビルに表示されている時間を目にした遊馬は焦る。早く行かないと間に合わなくなりそうだ。だが、姉やアンナを置いて行くわけにもいかない。そもそも、移動手段がなかった。
(どうしよう……!)
ぐるぐると思い悩む遊馬に、電話を終わらせた明里が声を飛ばした。
「遊馬、あんたはタクシーでも捕まえて先に行きなさい!時間ないでしょ」
「でも……」
「いいから!アンナちゃんとこの場は私に任せて」
頼もしい姉の言葉を受けて、迷っていた遊馬も頷き返した。
「ごめん!ありがとう姉ちゃん!」
急いで駆け出し、大通りに向かった。
なんでこんなことに、と不測の事態に泣きたくなった。幸せいっぱいの一日になるはずだったのに、朝から妙についていない。
(でも絶対、無事に凌牙と式を挙げるんだ!)
心に固く誓い、通りかかる車を見つめるが、なかなか空車のタクシーが通りかからなかった。早く、早くと、気ばかりが焦る。
そんな遊馬の前を一台の白いバイクが通り過ぎた。見覚えがある気がして、何となく目で追った遊馬は、そのバイクが止まってUターンしてきたところで、あっと叫んだ。
「カイト!」
「やはり九十九遊馬か。こんなところで何をしているんだ」
バイクに変形したオービタルに乗ったカイトだった。数年ぶりの再会に胸が熱くなる。
かつては敵として対峙した相手だが、いざこざが解決した今となっては蟠りもない。もうずっと会っておらず、どこで何をしているかも知らなかったため、結婚の通知も出していなかった。
そんな相手と、今日この時に再会できたことに、遊馬は神の導きを感じた。
「カイト……!今、俺にはお前が救世主に見えるぜ!」
「何わけの分からないことを言っているんだ」
相変わらずだな、と呆れつつも懐かしむ笑みを浮かべた彼の表情は柔らかかった。彼もこの再会を喜んでいるようだ。
そんなカイトに、遊馬は身を乗り出して縋りついた。
「お願い!俺を教会まで乗せてって!!」
「は?」
面食らい瞠目する彼に、遊馬は手短に事情を説明した。凌牙と結婚したことを伝えた時、やや驚いた顔になった彼だが、遊馬が焦っている理由が分かると予備のヘルメットを渡してくれた。
「なら急ぐぞ。さっさと乗れ。送ってやる」
「ありがとうカイト!」
どうにかなりそうな風向きに、遊馬はほっと胸を撫で下ろした。アンナと事故を起こした時、どうなることかと思ったが、無事に式場までたどり着けそうだ。教会にさえ行ければ後は向こうの指示通りに動けばいい。凌牙との結婚式をずっと待ち望んでいたのだ。自分で立てたプランだからいつどこで何をすればいいのか、すっかり頭に入っている。
鋭く風を切って走るカイトのバイクに乗った遊馬は、安堵から再び甘い期待が胸に込みあがってくるのを感じた。二人で選んだ純白のウェディングドレスを纏い、凌牙の隣で永遠の愛を誓う。結婚式一番の見せ場を想像すると、ドキドキと胸が高鳴った。
(これでちゃんと、凌牙のお嫁さんになれるんだな)
朝からハプニングの連続だったが、終わってみればそれもいい思い出に変わるだろう。
気の早いことを考えながらカイトに送られた遊馬は、予約してあった教会の前にたどり着いた時、騒然とした様子でたくさんの人々や警察車両がそこを囲んでいるのを見つけて首を傾げた。
「え……?何かあったのかな」
「さあな」
カイトに訊いてもわかるはずがない。近場で下ろしてもらった遊馬は、カイトと一緒に人だかりへ歩み寄った。
「あのー、何があったんですか?」
近くにいた人を捕まえて尋ねると、とんでもない答が返って来た。
「ついさっき、この教会で爆発が起きたんだよ!今、警察と消防が来て調べてる」
「……はあ!?」
耳を疑った。とても信じられず、遊馬は人ごみを掻き分けて前に出る。KEEP OUTの黄色いテープと突き当たり、警察官が並んで野次馬がそれ以上入ってこれないよう目を光らせていた。その間から見える教会を見上げて、遊馬は息を呑む。
黒々とした煙が、屋根に取り付けられた十字架を覆っていた。表に面した窓ガラスは割れ、黒く焦げた内装が見える。まだ完全に消火できていないのか、消防服をまとった人達がホースで放水作業をしていた。
「……うそ……」
呆然として呟く。
「え、だって結婚式は……え?」
目の前の光景が受け入れられなかった。
とても楽しみにしていた式だった。凌牙の妻になったことを自他共に認められたかった。大好きな人と寄り添い、誰からも祝福されて幸福な花嫁となることを夢見ていた。
「これでは、とても……」式など行える状況じゃない。そう続けそうになったカイトは、遊馬の表情を見て口をつぐんだ。どんな事態に直面しても強い輝きを失わなかった彼女の双眸が、ひどく狼狽して揺れていた。
永遠の愛を約束してくれるはずの十字架が黒煙に覆われている姿は、不吉だった。



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -