Happy Wedding | ナノ


Happy Wedding


――お前が学校卒業したら、結婚しねえか?
プロポーズの言葉は、まるで明日どこか出かけねえか?と尋ねられるのと同じ軽さで告げられた。
とても嬉しい言葉を聞いたはずなのに、一瞬のみ込めず、え?と間抜けな返答しか出なかった。ぽかんと口を開けて見つめる遊馬に、凌牙は「拒否しねえならそれで決まりな」と言って、手元のバイク雑誌に目を落とした。
「いやいやいや!ちょっと待てよ。今すっげえこと聞いた気がするんだけど!」
雑誌を奪って身を乗り出す遊馬に、凌牙は口元に小さく笑みを浮かべた。
「騒がしいやつだな。嫁に来いって言ってんだよ」
「………!!!」
鼓動が大きく高鳴った。目を見開いて凌牙を見上げる。瞳を揺らす彼女の腰を抱き寄せ、額をくっつけてきた。
「それで返事は?ノーと言うなら口を塞いでやるぜ」
「……それって訊く意味ないじゃん」
ようやく驚愕から抜け出し、遊馬も彼氏の背中に手を回した。
「もちろんイエスだ!俺も凌牙のお嫁さんになりたい!」
「決まりだな」
至近距離で見詰めあって笑いあう。甘美な幸福感に胸が満たされた。そのまま啄ばむようにキスをされる。
「……結局口は塞がれるんじゃん」
合間に囁けば、当然だろ、と返された。
「俺のもんにキスして何が悪い」
ニヤリと艶のある笑みを浮かべる将来の夫に愛しさが込み上げ、遊馬も自分から唇を寄せた。


それから数ヶ月。学生を卒業した遊馬は、今日、式を挙げる。


「父ちゃん、母ちゃん!姉ちゃんに婆ちゃんも!おっはよー!」
天気は快晴、気分も最高潮。リビングに下りた遊馬は元気よく挨拶をした。実家で過ごす最後の朝だ。式の後、遊馬が帰る場所は九十九家ではなく、凌牙が新しく借りたファミリー用マンションの新居になる。
しんみりするのは性に合わない。楽しく家族と朝を迎えて送り出されたいと考えていた遊馬だが、リビングに踏み入れた途端、妙な雰囲気を感じて足を止めた。
「……父ちゃん?」
腕を組んで待ち構えていた一馬を見上げる。温厚ないつもの父とは違い、厳しい顔付きで凍てつくようなブリザードを発していた。
(え……なんか怒られるようなことしたっけ?)
身に覚えのない状況に冷や汗を流す。いきなりガシリと大きな手で両肩を掴まれ、遊馬はピンと背中を伸ばした。
「遊馬……」
「は、はいっ!」
その途端、恐い顔をしていた一馬の相好が崩れた。泣きそうな顔で抱きつかれる。
「遊馬ああああっ!!やっぱり結婚なんてやめろ!父ちゃん、寂しい!」
「……はあ?」
突然おいおいと泣き出した父親に、遊馬は目を白黒させる。父の背中越しに呆れた表情の母と祖母が見えた。
「一馬ったら……それが結婚式当日に言うことかしら……」
「遊馬の花嫁姿を楽しみにしていたのは誰だったかねえ……?」
「花嫁姿は見たい!でも、愛する娘を手放すのは、男親として複雑なんだよおお!」
大きな胸で遊馬をすっぽり覆ったまま喚く一馬に、朝食を食べていた明里が机を叩いて立ち上がった。
「お父さん、往生際が悪いわよ!反対するならもっと早くすればよかったじゃない!」
「いやいや、反対はしてないぞ。だが、俺も母さんも失踪していて、お前達とすごした時間が短いだろう。もうちょっと俺の可愛い娘でいてほしいと思うだけで……」
「それが今更だって言うの!」
一馬の腕から妹を引き離して怒鳴る。
「なんで遊馬が今日まで新居へ引っ越さずに実家で暮らしてたと思ってんの!?お父さん達のためじゃない!」
「うっ……」
巨体を小さく丸めて一馬はしょげる。遊馬も遠慮がちに口を開いた。
「それに、式は今日だけど、籍自体はもう入れてるぜ……?」
「ううっ……!」
数日前に市役所へ行って婚姻届を提出してきていた。だから九十九家で寝起きしていようと、戸籍上は既に凌牙の妻だ。姓も神代に変わっている。
籍を入れた日の夜、両家で祝宴が開かれ、一馬も上機嫌で未成年の凌牙に酒を飲ませようとして妻の未来に止められていたのだが、いきなりどうしたのだろう。
がっくりと床に両手をついて泣いている父親に、未来が近寄って肩を叩いた。
「もう我侭を言うのはやめなさい。遊馬が困っているじゃない」
「だ、だがな、おまえ……!」
「遊馬、この人に構わず行きなさい。花嫁は朝からいろいろ準備があって忙しいでしょう。おにぎり握っておいたから、それを持って行くといいわ」
「あ……ありがとう、母ちゃん!」
愚図る父親は母親に任せることにして、明里と一緒に家を出た。会場の教会までは姉が送ってくれることになっている。祖母や母親は後から身支度をして行くそうだ。
「まったく、お父さんも困ったものね」
「はは……でも、嬉しいよ。ああ言ってもらえるのはさ」
幼い頃に行方をくらませた両親が戻ってきただけでも僥倖だった。娘の門出を祝福しつつも惜しまれるのは、こそばゆくて心がくすぐられた。
(凌牙にはホント、感謝しないとな)
結婚式当日まで両親と過ごすことを勧めてくれたのは凌牙だった。九十九家の事情一切合財を承知の彼は、再会できたばかりの両親と遊馬を引き離すことに躊躇いを感じたらしい。世間的に見れば早い結婚だ。凌牙もそうだが、成人すらしていない。子どもができたのでないなら、もう数年待ってはどうかと言われたこともあったが、二人は諾わなかった。結婚はタイミングだと言う。遊馬達にとっては、まさに今がそのタイミングだった。
幸いにも互いの両親からは快諾をもらえ、今日の運びとなったのだ。
(まさか結婚式当日に引き止められるなんて思わなかったけどな)
式の時、花嫁を新郎のもとまで先導するのは父親の役目だ。あの調子で大丈夫なのかと一抹の不安を抱いたが、それも後から湧き上がる期待にかき消された。
やっと今日、夢にまでみたバージンロードを凌牙と歩くことができる。
(早く凌牙のお嫁さんになりたい)
書類上では夫婦でも、実際に生活を共にするのはこれからだ。結婚式はいい契機だった。大好きな人の妻になるのだと、自他共に実感できる。
確かに続いているはずの幸せな結婚生活に目を輝かせる遊馬は、まさか今日という日がとんでもなく長い一日になるなど、想像もしていなかった。



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