王子様はあなた | ナノ


王子様はあなた

※モブ→ゆま描写あり




「きゃあ!遊馬、可愛いー!」
特別棟の一室から、少女達の歓声が上がった。その視線の集まる先には、桜色のドレスを着た遊馬が、恥ずかしそうに縮こまっていた。
「へ、変じゃないか?服に着られてるみたいで……」
「そんなことないわ!遊馬、すごく可愛い」
着付けを手伝った小鳥が興奮した面持ちで太鼓判を押す。
「これで準備はバッチリね。あとは本番よ。みんな、絶対1位を取りましょうねっ!」
今日は学園祭だ。各クラスで出し物が企画される中、遊馬達は体育館で劇を上演することになっていた。
役は公平にくじ引きで決まった。よりにもよって「お姫様」のくじを見事引き当てた遊馬は、仰天して辞退しようとしたものの認められず、結局こうしてドレスに袖を通している。
(絶対似合ってないって……ほら、みんな珍獣でも見るような目でこっちを見てるし)
普段なら絶対着ないヒラヒラしたドレスは着心地が悪かった。こういう可愛い格好は小鳥のような女の子が似合うのであって、男勝りな遊馬に着こなせているとは思えない。軽くメイクまでされたものだから余計に恥ずかしい。女の子達は口をそろえて「可愛い」と褒めてくれるが、その慰めが辛かった。本音を言ってくれていいのに、と思う。
男子だってチラチラと遊馬を見ては、ぼそぼそと何事か噂をしているくせに、目が合うと赤くなって目をそらすのだ。
劇の上演時間まであと1時間近くもある。30分前にはステージ裏に移動するので、残りの準備時間はあと半分だ。その30分間を好奇の目にさらされ続けるのは、勘弁してほしかった。
「小鳥。俺、ちょっと抜けるな」
「ええっ?その格好でどこに行くのよ」
「……凌牙のとこ」
付き合っている彼氏の名前を出すと、小鳥は納得して頷いた。
「その姿を見せに行くのね?いってらっしゃい。でも、集合時間までには絶対戻ってきなさいよ」
「ああ」
遊馬は教室から出ると、なるべく人目を避けて廊下を駆け出した。各教室では出し物が催されているが、特別棟は控え室となっており、人通りもまばらだ。しかし、完全に人の目を避けて行くことはできない。たまたま通りかかった生徒に目を丸くされ、恥ずかしい思いをしながら遊馬は一直線に目的地を目指した。
(似合ってないのは分かってるんだから、まじまじ見ないでくれよ……!)
そうして辿りついたのは音楽準備室だ。音楽の担当教師が大雑把な性格をしているので、使われない楽器や譜面が雑多に置かれている。物置同然の部屋なので教師も含めて人の出入りは少なく、凌牙が授業をサボる時は大抵ここにいた。
凌牙が真面目に学園祭へ参加するとは思えなかったので、きっと音楽準備室で時間を潰しているはずだ。そう思って鍵のかかっていないドアを開けた遊馬だったが、当ては外れ、準備室の中は無人だった。
「いないのか……。学園祭を楽しんでるなら、それでいいんだけどさ」
膨らんだドレスの裾が楽器に引っかからないよう注意しながら奥へ進んだ。
凌牙が半ば自分の居城として使っているため、簡単な手入れはされている。埃っぽさはなく、ドアから奥にある来客用のソファまでは物も除けられているが、代わりに壁際はうず高く積まれた楽器ケースと冊子で埋め尽くされていた。地震でも来たら雪崩て落ちてきそうだ。
遊馬は自分の背丈を優に越える置物を恐々見上げながら、ソファへ座った。凌牙がいなくても、時間が来るまで暇を潰すつもりだった。
机の上に楽譜が置かれていたので、何となく広げて見た。遊馬には読解不能な音符が列になって並んでいる。たぶん凌牙が見ていたものだろう。
「ベースなら弾けるって言ってたもんな」
黒いおたまじゃくしにしか見えない音符も、凌牙が見たらメロディーが脳内で再生されるのだろう。まだその腕前を披露してもらったことはないけれど、きっと素晴らしい演奏を聴かせてくれるに違いない。今度ねだってみようかと、遊馬は楽しい考えを巡らせた。
その時、控えめにドアが開く音がして、パッと顔を上げた。凌牙が来たのかと期待したが、違った。そこにいたのはクラスメイトの男子だった。さっき遊馬を見て、目を背けていた子だ。
「あ……九十九。よかった、会えて……捜してたんだ」
ほっとして表情を緩めた彼に、遊馬は急いで立ち上がった。
「もしかしてもう集合時間か?」
「いや、まだもう少しあるよ。ちょっと話があって……」
「俺に?」
遊馬はきょとんと目を瞬かせた。彼とは特別親しいわけではない。記憶を掘り返しても、ほとんど話したことはなかった。その彼が何の話だと言うのだろう。遊馬は小首を傾げて目の前のクラスメイトを見上げた。
「ああの……実は、俺……」
落ち着かない様子で視線を彷徨わせる彼の頬は淡く染まっていた。似合わない格好をしているから直視できないのか、と遊馬は考え、少し腹が立った。
「お姫様なんてガラじゃないのは分かってるよ。でも、あからさまに目を反らさなくてもいいだろー。俺だって傷つくんだぜ?」
「えっ……?まさか。似合ってるよ!」
驚いて彼は身を乗り出した。
「さっきもクラスのみんな、可愛いって言ってたし。だから他の奴に先越される前に、早く言わなくちゃって……!」
遊馬はぽかんとクラスメイトを見上げた。さっき遊馬を見てこそこそ話していたのは、可愛いと噂していたのか。
さっと頬に朱が走った。「可愛い」なんて言ってくれるのは、恋人の凌牙くらいだと思っていた。それだって惚れた欲目か、彼女に向ける常套句だと受け止めていたため、他の人の口から言われると気恥ずかしかった。
「俺……ずっと前から九十九のことが好きだったんだ!」
たたみかけるように告白されて、遊馬は目を瞠った。
「えっ……?好き……?」
驚きのあまり固まる彼女に、クラスメイトは一歩踏み出した。
「前からいいなって思ってて。絶対、今日で競争率上がったはずだから、他のやつより先に言いたくて……」
「えっ……ええっ?うそ……」
「好きなんだ!ほとんど話したこともないのにって思ってるだろうけど、よかったら付き合ってくれないか!?」
真っ赤な顔をして言い募る彼は真剣な目をしていた。冗談か何かの罰ゲームだとは思えない。ようやく状況を呑み込んだ遊馬は、気まずくなって顔を背けた。
「ご、ごめん……気持ちは嬉しいけど、付き合えないよ……」
既に凌牙という彼氏がいる。凌牙は表立ったところに姿を現さないので、学校内で凌牙と遊馬が付き合っていることはあまり知られていなかった。目の前で恋を告げている彼の耳にも入っていないのだろう。クラスメイトは傷ついた表情をしつつも、口元に力を入れ、さらに一歩前へ踏み出した。
「なら、友達からは?知らないのなか知ればいいと思うんだ。それくらいなら……」
「そういうことじゃなくて、俺、実は――」
恋人がいると口にしようとした矢先、動いたクラスメイトの脚が段ボールに当たって、壁に沿って詰まれた荷物がぐらりと揺れた。
(危ない!)
頭上を見上げた時にはもう遅い。上から冊子が雪崩のように落ちてきて、遊馬はとっさにクラスメイトへ体当たりした。もんどりうって床に倒れる。その後ろで、ドサドサと荷物が崩れる音がした。
「いったたた……」
遊馬にタックルをされて後ろ向きに倒れこんだ彼が肩を抑えて起き上がった。
「ごめん、突き飛ばしちゃって……!怪我してないか!?」
「いや、九十九こそ……」
言いかけて彼はハッと息を呑んだ。馬乗りの状態になっていた遊馬も、至近距離にある顔に瞠目した。
時間が止まったようだった。
我に返った遊馬は急いで立ち上がろうとしたが、その前に腕を掴まれ、引き止められた。
「九十九……」
どこか熱に浮かされた声音で彼は顔を近づけてきた。
――キスされる
遊馬は顔を背けて掴まれた腕を押し返した。
「やだ!やめて……!」
「っ」
抵抗を受けてクラスメイトは夢から醒めた顔をした。腕を掴む力が緩む。
そこへ、低い声が割って入った。
「……何をしてるんだ」
入り口のところに、険しい顔をした凌牙が立っていた。遊馬は慌てて立ち上がった。クラスメイトの手を振り払って、掴まれたところを掌で押さえる。
「りょ、凌牙……これは……」
「何をしてるのかって聞いてるんだ」
冷たい視線に、背筋が凍った。明らかによくない誤解をしている。遊馬ですら恐いと思ったのだから、真正面から睥睨されているクラスメイトなどはすっかり色を失くしていた。まさかこんなところで学校一の札付きに遭遇するなど思わなかったのだろう。
遊馬は急いで凌牙へ駆け寄った。
「に、荷物が崩れてきたんだ!避けたら躓いて倒れちゃってさあ。怪我なくてよかったぜ。なあ!」
何か言おうとした凌牙を制し、クラスメイトを振り返った。不穏な空気を感じ取っている彼は、反射的に頷いた。
「そろそろ集合時間だよな。先行っててくれねえ?俺、ちょっと凌牙に話があるから遅れるかも。上演時間までは絶対行くからって伝えておいてくれよ」
「あ……ああ、わかった……」
凌牙の発する威圧感に押されて、彼はそろそろと隣を通り過ぎて廊下に出た。困惑した様子で遊馬を見つめる。
「九十九……シャークのこと名前で呼んでたけど、もしかして……」
「……うん。付き合ってるんだ」
だからごめん、と凌牙に聞こえないよう小声で囁くと、クラスメイトは盛大に顔を引き攣らせて、逃げるように廊下を駆けていった。凌牙は既に不良グループから足を洗っているけれど、一般生徒達から見れば変わらず畏怖の対象なのだろう。分かり辛いが凌牙はいい人だ。噂や先入観が先行して見られるのは残念だった。
ドアを締めて振り返ると、凌牙は持っていた鞄をソファへ置いたところだった。
「鞄を持ってるってことは、教室に寄らずに来たのか?」
「ああ。学園祭なんて顔出すつもりねえしな」
やっぱり凌牙はここで時間を潰すつもりのようだ。床に散乱した冊子を避けてソファに歩み寄る。ドレスに皺が寄らないよう裾を持って腰を下ろすと、不機嫌な声が飛んできた。
「男の前で隙を見せんじゃねえ」
「え?」
「キスされそうになってただろ」
「……気付いてたの?」
しかめっ面で凌牙は黙った。それが返事だ。いよいよ遊馬は焦った。あまり感情を吐露することのない凌牙が口に出すということは、かなり怒っている証だ。告白された現場を目撃して、面白かろうはずがない。
「ごめん……。でも、わざとじゃないんだぜ?」
これだけはきっぱり言っておかねばならない。後ろめたいものは何もないのだと真っ直ぐ凌牙を見上げると、目を細めた彼が手を伸ばした。
頤を上げられ、顔を近づけられる。キスされるのだと直感した。遊馬は抵抗せず、瞼を下ろした。それとほぼ同時に唇へ柔らかいものが重なる。よく知った触れ方に遊馬は体の力を抜き、首の角度を少し変えて凌牙の唇を受け止めた。
「やっぱり隙だらけじゃねえか……簡単にキスさせやがって」
顔を離した凌牙は眉を寄せたままだ。遊馬は頬を覆う手に自分の手を重ねた。
「凌牙だからだよ。拒否する理由なんてないだろ?」
クラスメイトにキスされそうになった時は抵抗した。好きでもない人とキスするのは嫌だ。でも凌牙が相手なら構わない。
大きな掌に頬を擦り付けると、指先が動いて再び顔を持ち上げられた。今度のキスは長かった。吸っては離れてを繰り返し、吐息が徐々に熱を帯びていく。上体が傾いで後ろ向きにソファへ倒れそうになったところで、満足したのか唇が離れていった。
肩で息をして凌牙を見上げた。不機嫌な色は鳴りを潜めたようだ。ペロリと唇を拭う姿に色気を感じて、遊馬の鼓動は早まった。
けれどこうしてばかりもいられない。壁にかかった時計を見やり、凌牙が尋ねた。
「集合時間は大丈夫なのか?」
「……ああっ!」
時刻は既にタイムリミットを告げていた。クラスメイトに遅刻すると伝言を頼んであるとはいえ、急がないとまずい。慌てて立ち上がった遊馬に続いて、凌牙も腰を上げた。
「ほら、行くぜ」
さも当然とばかりに促され、遊馬は驚いた。
「観に来てくれるの……?」
ここで時間を潰すものだと思っていた。劇でお姫様役を――つまり主役を務めることは知らせてあったけど、興味なさげな様子から期待せずにいた。
「そんな格好してたら、また絡まれそうだしな。体育館まで付き添ってやるよ」
返ってきた言葉は素直でないが、凌牙のことだ、観るつもりがなければ学校自体をサボっていただろう。
遅ればせながら気付いた遊馬は、弾けんばかりの笑顔になった。
「やった!凌牙が来てくれるなら頑張りビングだぜ、俺ー!」
「おい、観るなんて一言もいってねえぞ」
「分かってるって!そうだ、このドレス、変じゃない?」
先程のクラスメイトの発言を思い出し、淡い期待と共に尋ねた。自分では似合っている自信はないけれど、凌牙から見てどうなのだろう。ちょっとは可愛く映っているといいなと思って見上げると、凌牙はそっぽを向いた。
「……悪くないんじゃねえの」
悪くないということは、似合っているということだ。遊馬は嬉しくなって、ますます相好を崩した。
(物語なら、凌牙みたいな王子様ってあり得ないよなあ……)
実直で、優しくて、勇敢で、情熱的に愛を囁くのが一般的な王子様だ。これから遊馬のクラスが演じる劇の王子様もそうだった。
対する凌牙は性格が捻くれていて素直じゃない。わりと嫉妬深い上に、頭がいいから勝手にあれこれ考えては自己完結して、一方的に不機嫌になることもしばしばだ。
けれど言動の端々から好意は確かに伝わってくるから、向けられた想いを取り違えたりしない。お姫様をエスコートする腕は差し出さないが、歩調は遊馬に合わせてくれる。そういうところに気付く度、好きだなあと遊馬は心を躍らせた。



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