チェックメイトを叫んだ | ナノ


チェックメイトを叫んだ

※直接的な描写はないけど、気持ちR15くらいで




不変なものなんてない。当たり前にある日常も、ふとしたきっかけで簡単に一変してしまう。両親の失踪という事件から、遊馬はおぼろげに学んでいた。
それはある日突然訪れるのかもしれないし、ゆっくりと変化していくものなのかもしれない。
遊馬には姉も祖母もいたが、やはり子どもにとって、父親と母親という存在は特別だ。親の手を失ったショックは幼心の深い部分に刻み込まれ、彼女の人格形成に少なからず影響を与えている。
遊馬が周りの人間を大切にするのも、一因はそこにあるのだろう。好感を抱いた相手のことは誰彼構わず友達になるし、デュエリストであれば仲間だと思う。困っていれば力になる。失う痛みを知っている彼女は、他者に優しく、仲間思いだった。
遊馬が今一番大切にしている人物と言えば、彼氏であり、憧れの決闘者でもあるWだ。
学校帰りの街中で、反対車線の歩道上に彼を見つけた遊馬は、瞬く間に浮き足立った。目立たないようサングラスをかけているが、分かる者が見ればすぐに気付く。有名人である彼の名前を大声で呼ぶわけにもいかず、対岸へ渡る横断歩道を探して左右を見渡した遊馬は、Wが一人でないことに気がついた。
(もしかしてファンサービス中?)
綺麗な女の人が3人、Wの周りを囲んでいた。遠くてはっきりしないが、Wより年上のお姉様方に見える。緩く長い髪を巻いた清楚な女性たちが、にこやかに談笑しながらWと歩いていく。
「邪魔しちゃ駄目だよな……」
遊馬と付き合い始めて以降も、Wはファンサービスを欠かさずに行っている。甘いマスクで女性に人気の高いWは、男性のみならず女性ファンにも丁寧な対応をしていた。そこへ彼女の遊馬が顔を出したら、せっかくの楽しそうな空気を台無しにしてしまう。
「………」
車線越しにすれ違うWの顔を見つめた後、遊馬は前に向かって歩き出した。胸にもやもやとした感情がわだかまる。ファンサービスはモットーなのだと話すWの手前、何も言ったことはなかったが、実際に現場を目の当たりにするとヘコんだ。だってWを取り巻く女の人達は、遊馬と違い、可愛くて綺麗な人ばかりなのだ。
(俺は俺、他人は他人……なんだけどさぁ……)
人と比較評価をするのは好きでないが、こればっかりは気になって仕方なかった。
(どうしてWは俺を選んだんだろう?)
遊馬より可愛くて、綺麗で、大人な女性はいっぱいいる。Wは人気者だから相手に困らないだろう。そうした多くのファン達の中から、なぜ遊馬を選んだのか、正直言って不思議だった。
思い切って次の自宅デートの時に口に出すと、Wはぱちぱちと目を瞬かせた。
「どこが好き……ですか?」
「ああ。なんで俺にしたの?」
前に聞いた話では、1対1でファンサービスを行っていたのは遊馬だけだったらしい。普通は数人まとめて会っているのだそうだ。つまり遊馬は最初から特別扱いを受けていたわけだが、その理由が分からなかった。
「……初めて会った時のことを覚えていますか?遊馬」
「ああ。ハートランドでイベントがあった時、俺が風也に無理言って、Wの楽屋までこっそり連れてってもらったんだよな」
出会いのきっかけは風也だったと言える。エスパーロビンとしてイベントに出演すると聞いて観に行ったところ、ゲストとして呼ばれていたWを初めて目撃したのだ。紳士然とした振る舞いや、子供たちに向けられる優しい笑顔に心をときめかされ、イベント後、風也に頼み込んでWに会わせてもらった。二人の出会いは楽屋だった。
「明らかに関係者じゃない女の子が訪ねてきたので、驚きましたよ」
その時のことを思い出しているのか、Wはくすくす笑った。
「キラキラした笑顔で僕を見上げてきて……。その反応がイベントで会った子供たちとそっくりでね。中学の制服を着ているのに小学生と変わらないと思ったら、面白くなってしまって」
「うっ……。にこやかに握手してくれたのに、あの笑顔の下でそんなこと思ってたのかよ……」
「悪い意味じゃないですよ。面白いって言うのは、興味をひかれたってことですから」
ソファで隣に座る遊馬の肩を抱き寄せながら、Wは言った。
「この子だ、ってピンと来ましたよ。僕を満たしてくれるのは、この笑顔だって」
「んっ……W……」
こめかみに口付けられ、遊馬は淡く頬を染めた。ここはWのマンションで、Wのテリトリーだ。外と違って誰に遠慮することもない場所だからか、自宅にいるWは割りと甘えたで、遊馬を腕の中に閉じ込めたがる。
付き合い始めた当初は公のイメージを崩さずにいたWだが、遊馬がそういうのをあまり好かないことを察したのかもしれない。初めて深い大人のキスをした時あたりから、Wは紳士然とした部分を一部崩した。着飾らず、格好つけず、遊馬が恥ずかしがっても抱き寄せる手を緩めない。ありのままの本音をぶつけてくれた。
Wの求めは時に遊馬を大いに困らせるが、好きだから、可能な限り応えるようにしていた。今も抱き締められた体勢からキスを乞われ、恥ずかしかったけれど、肩に手を置いて首を伸ばした。唇を触れ合わせるだけの幼い口付けでもWは喜んでくれる。
お返しだと言ってより深いキスをされた。瞼を伏せて熱い舌を受け入れる。ざらりとした粘膜同士を絡めると背中がゾクゾクした。
「ぁっ……ふ……」
「ん、ゆま……」
唾液でべとべとになった唇を舐め、軽く吸ってから解放された。すっかり息が上がってしまっている。呼吸が熱かった。
「可愛いですよ、遊馬。押し倒したいな」
冗談めかした口調でほのめかされて、遊馬はWの胸板を押した。
「まだ駄目。待ってよ」
「分かってますよ。でも、お預けにするならもうちょっとくらい……」
「んっ!……もう、W!」
戯れのキスを次々と落とされて身を捩った。けれどWは笑ったまま離してくれない。再び熱いキスを交わしながら、遊馬は思った。まだエッチに踏み切る決心はできないけれど、いつかちゃんとWの求めに応じたい。
――そのいつかが来なかったらどうしよう。
不意に冷たい予感が生じた。夢から醒めた心地になる。のぼせ上がった思考が急速に冷えていった。
この世に不変なものなどない。遊馬はそれを知っている。この関係だって、あまり考えたくはないが、いつか終わりが来るのかもしれない。
数日前に目撃した、ファンの女の子達の姿が頭をよぎる。
あんなに綺麗な人達に囲まれているWだ。遊馬がいつまでも許さなかったら、他の子に目移りしてしまうかもしれない。
(そんなのイヤだ……!)
遊馬はごくりと唾を飲んだ。Wが好きだ。彼女になれた幸運を手放したくない。Wにずっと好きでいてもらいたかった。
もっと強く結びつくにはどうすればいい?
「……遊馬?どうしたんです?」
キスが上の空になったのに気付いて、Wが唇を離した。その端正な顔立ちを見つめる。
随分な葛藤の末に、遊馬は小さく口を開けた。
「…………いいぜ」
「え?」
「い、いいぜ。その……エッチなことしても……」
本当は逃げたかった。覚悟だって据わりかねている。けれど他にどうすれば気持ちを繋ぎとめておけるか分からず、遊馬は怖いくらいの緊張を抱きながらWを見上げた。
Wは驚いていた。大きく目を見開き、遊馬を注視している。何度水を向けても頷かなかった遊馬がいきなり積極的になれば、無理ない反応だった。
「どうしたんですか?」と心配して、Wのほうから無理はしなくていいと退いてくれることを本心では望んでいた。けれど口にしない本音を察してくれと言うのは無茶な要求だ。躊躇いを捨てられず落ち着かない様子は、Wの目には恥ずかしがっているように映ったらしい。喜色を満面に滲ませて、強い力で抱きしめてきた。
「遊馬……っ!いいんですか?ありがとうございます!ああ、夢のようだ……!」
「う……」
「優しくします。怖い思いはさせません。遊馬、大好きです……!」
「……う、うん……俺も好き……」
今さら発言を翻すわけにもいかず、内心焦りつつも、遊馬は心を決めた。こうなったら潔く腹を括ろう。Wに全てを捧げるのだ。恋人ならして当然の行為だ。遊馬の気持ちを慮ってくれたWが相手なら怖いことは何もない。セックスへの抵抗感は知識と経験の不足から来るものだ。そんな感情、きっとWが消してくれる。最初は飛び上がるほど驚いたディープキスだって、今では抵抗なく受け入れられるじゃないか。
柔らかなソファへ横たえられ、遊馬は全身を緊張させた。未知の行為に怯む彼女を、Wは根気強く紐解いた。
愛を囁き、快楽を教えて、体を開かせる。
丁寧に時間をかけて施されると次第に抵抗感は薄れていき、Wを想う気持ちのほうが強く心に灯った。やがて遊馬も望んで彼へ手を伸ばす。繋がった瞬間の痛みには泣いてしまったけれど、それを補って余りある充足感を抱いた。










目が覚めると、真っ白なシーツの中にいた。
一瞬どこにいるのか分からなかったが、素肌に触れるシーツの感触に、すぐさま思い出して面を染めた。
(うわああああ……!)
ついにWと繋がったのだ。恥ずかしくて叫びだしたい衝動に駆られる。途中までリビングのソファで進められた行為は、途中で寝室のベッドに場所を変えて行われた。甦った記憶に悶え、口元を押さえてベッドの中を二転三転した。
怖かったけれど、勇気を出してよかったと思う。気持ちの面でも、より深くWと結びつけたと感じた。行為を通して、胸の中にあった不安なんてどこかへ消えていた。
「W……どこ行ったんだろ」
寝室に彼の姿はない。初めて身体を重ねたのだから、目覚めた時に側にいてほしかった。寂しくなって、身を起こす。汗と体液でぐしょぐしょだった身体はきれいに清められており、シーツも新しいものに変わっていた。きっとWがやってくれたのだろう。素っ裸でいるのは恥ずかしくて、新しいシーツを身体に巻きつけると、リビングに続くドアを開けた。
「W……?どこだ?」
すぐに見つかった。照明の落とされたリビングの窓際で電話をしていた。月明かりに照らされた横顔が格好よくて胸が高鳴る。
声をかけるのを忘れて見入っていると、気配を感じたのかWがこちらに視線を向けた。それだけで嬉しくなる。はにかみ笑いながら歩み寄ると、Wは微笑んで頭を撫でてくれた。
「……ええ、はい……わかってますよ。明日の夜8時ですね。ちゃんと予定は空けています。そんなに心配しないで下さい」
漏れ聞こえてくる相手の声は女性だった。仕事の電話だろうか。邪魔してはいけないと思い、抱きつきたいのを堪えて通話が終わるのを待っていると、信じられない言葉がWの口から飛び出した。
「もう……そんな可愛い我侭ばかり言わないで。また抱いてほしいんですか?」

(…………は?)

呆然と恋人であるはずの男を見上げる。
何と言ったのか本気で分からなかった。脳が理解を拒否する。
遊馬の視線を真正面から受け止めつつ、Wはとても愉しげに口角を上げた。
「いいですよ。あなたが望むなら、喜んでお相手をしましょう」
心臓が止まる思いがした。




タイトルbyChien11
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