キミとの距離2 | ナノ




柄にもなく緊張していることに気付き、凌牙は心の中で息をついた。
遊馬があんまり悔しがるので、移動手段を持っている凌牙は思い切って申し出たが、二人きりで校外に出かけるなんてデートのようだ。遊馬に特別な好意を感じている身としては、意識せずにはいられない。
横で満面の笑顔を浮かべている彼女を見やった。お目当ての新パックと特典カードをゲットして、弾んだ足取りでいる。
「ありがとな、シャーク!家に帰って開けるの楽しみだぜ!」
「ああ……」
上機嫌な様子に、自然とこちらの頬も緩んだ。好きな女の子に喜んでもらうのは男冥利に尽きる。肩肘に入っていた力が僅かに緩んだが、艶やかに弧を描く唇が目に入ると、再び緊張が戻ってきた。直視できずに視線をそらす。
(ちくしょう。可愛いじゃねえか……)
リップでも塗っているのか普段より色鮮やかなそこを見ると平静でいられなかった。待ち合わせ場所で会った時から気付いていたが、淡い桃色が遊馬によく似合っている。
遊馬より可愛い子なんていくらでもいるし、教師に見咎められない程度に化粧をしているクラスメイトだっているが、単純に可愛いと思うだけで、胸を騒がす感情まで湧かなかった。好きな女の子だから気になって鼓動が騒ぐ。その度に、遊馬に惹かれていく心を自覚した。
けれど、遊馬はどうなのだろう?
ショッピングセンターに着いてバイクを降りた時、彼女の挙動はどこかおかしかった。凌牙も腰に回された手にドキドキしていたからすぐには気付かなかったが、カードショップに着くまで妙に口数が多かった。些細なことも大げさに話していた印象がある。気恥ずかしさを高いテンションで誤魔化しているようだった。
凌牙が意識しているように、遊馬も凌牙のことを意識しているのかもしれない。
彼女から好意を感じることは度々あったが、友達が多くて気さくな性格をしているから、それが男女のものか判断がつかなかった。けれど、一緒に外出することに照れるくらいなら、他の人に向ける「好き」とは違う「好き」なのかもしれない。
(だったら嬉しいけどな)
自惚れでなければいい。
再び遊馬へ視線を戻した凌牙は、彼女の向こう側に雑貨屋を見つけて足を止めた。女の子が好みそうな店だ。妹がいたらきっと店内に引っ張り込まれて買い物に付き合わされただろう。そう思って見ていると、遊馬も足を止めてそちらに見入った。
「あ……可愛い……」
落ちた呟きを耳が拾い上げる。リップをしてきたことといい、凌牙が認識している以上に女の子らしい一面があるようだ。
「こっちも覗いていくか?」
カードを買ってすぐ帰宅というのももったいない。もう少し一緒にいたくて誘うと、遊馬は瞳を揺らめかせた。眦を淡く染めて、小さく頷く。
「そうだな……少しだけ」
カードを購入してから舞い上がっていた彼女だが、再び態度がぎこちなくなる。つられて凌牙も背筋に力を入れた。微妙な距離を保って店内に入ると、入り口近くにあったリボンを見て遊馬が足を止めた。
「あっ……このリボン、小鳥に似合いそう。なあシャーク、そう思わないか?」
「ああ……」
遊馬が手にした白い花柄のリボンは、あの可愛らしい幼馴染みに似合いそうだった。気をよくした遊馬は、こっちは猫柄だから着けるならキャットちゃんだな、とひとり言を零しながら物色している。しかし自分の分を選ぶ気配はない。
「おまえは?何か欲しい物はねえのか」
尋ねると、遊馬は困ったように眉を下げた。
「似合わないんだよ、髪飾りって。見てるのは楽しいんだけど……」
「そうか?んなことねえと思うけどな」
「この髪型でリボンとかどうやって結ぶんだよー」
「リボンじゃなくたっていいだろ。ヘアピンとかどうだ?」
隣のパネルに並べてある髪留めを手にとって遊馬の髪に当てた。
そしてドキッとした。
何気なしにやった行為だが、すぐ近くに遊馬の顔があって息を呑む。近距離に遊馬も目を見開いた。大きな紅い双眸と光る唇が真っ直ぐ視界に入って鼓動が高鳴る。
しばし、魅入られたように二人は見詰め合った。
遊馬が一歩下がったところで、呪縛が解け、周囲の音が戻ってくる。
「わ、悪い……」
「う、ううん……」
顔が熱を持っているのが分かった。とても遊馬のほうを見れない。手に取った髪留めを握り、逃げるようにレジへ向かおうとした。
「ま、待てよシャーク!それ……」
慌てた声に引き止められて、振り返らないまま口を開いた。
「買ってやるよ。……似合ってたぜ。ストラップの礼だ」
「いいよ!お礼なんて。連れてきてくれただけで充分だ!」
「気にするな。俺がそうしたいだけだ」
「もらえないよ……!誕生日でもねえのに。だったら自分で買う!」
「あっ、おい!」
後ろから伸びてきた手にヘアピンを奪われた。反射的に顔を向ける。取り返されまいと両手で胸に抱いた遊馬が、赤い顔で微笑んだ。
「その……似合うって言ってくれて、嬉しかったぜ。ありがとな!」
「っ……」
遊馬は即座に身を翻し、レジへと駆けていった。その後姿を見送って、凌牙は息を吐いた。男らしくプレゼントのひとつもしたかったが、本人に断られたら仕方ない。考えてみれば、友達に物を奢るなんて普通はしないだろう。凌牙と遊馬は恋人ではないのだ。ほのかに想いを感じ合ってはいても、数百円の髪留めひとつ贈れないポジションにあるのだと自覚して、もどかしさを覚えた。
(今のままで充分だと思っていたが……)
もうそれでは満たされないのかもしれない。
凌牙は口元を手で覆った。遊馬の色づく唇が脳裏をよぎる。ラメの光る桜色のそれに触れてみたい、という欲求が胸の中で渦巻いていた。



(へへっ。シャークに似合うって言われちゃった)
購入した髪留めが入った袋を手にして、遊馬は口元を綻ばせた。好きな人から女の子扱いをされて嬉しくないわけがない。制服でショッピングセンターを並んで歩いていると本当に恋人同士になったみたいで、恥ずかしかったけれど心が躍った。
(またこうして遊びに行きたいな)
緊張もしたけれど、好きな人とのお出かけは楽しかった。駐車場に停めてある凌牙のバイクのところへ向かいながら思う。ショッピングモールは海沿いの高台に建てられており、駐車場からは海が一望できた。日も暮れかかっている。オレンジ色に染まる空と海が美しくて、遊馬は感嘆の声を上げた。彼女のほかにも足を止めて見入っている買い物客がいる。中にはこの景色を目当てにドライブしてきたと思われるカップルもいた。肩を抱いて顔を近づけ、何事か囁いている。その姿を見て、心臓が音を立てた。
(あわわっ、シャークの顔思い出しちゃった……!)
似合うと言って髪留めを当てられた時、一気に縮まった距離に驚き、硬直した。これまでにない近距離だった。触れ合うほど近づいたのは初めてで、思わず息を止めて凌牙を見上げた。その時のことを思い出すだけで鼓動が騒ぐ。両手で頬を押さえると、遊馬は隣に視線を向けた。すると凌牙も同じくカップルの様子を見ており、ますます頬が熱を持った。
――もしかしたら今日告白されるんじゃない?
不意に小鳥の言葉が脳裏をよぎった。
(告白……しよかな……)
凌牙が遊馬をどう思っているのかなんて、本当のところは分からない。けれど遊馬は、今日だけですっかり恋心が盛り上がってしまっていた。
凌牙ともっといろんなところへ行きたい。近づきたい。一緒にいたい。触れ合える距離にいたい。
今、凌牙とは1歩離れた場所に立っている。この距離を縮めたかった。
(……よ、よしっ!かっとビングだ、俺!!)
心を決めて面を上げる。強張る唇をこじ開けて、声をかけようとしたその時、先に凌牙が口を開いた。
「それ、つけねえのか?」
「っ、え?」
「髪留め。せっかく買ったんだから付けようぜ」
「あ、うん……」
出鼻をくじかれ、一大決心して開けた口を閉ざした。告白するタイミングが掴めない。
こちらを見つめる凌牙の視線に促されて、買ったばかりの髪留めを取り出した。桜の花があしらわれた可愛らしいピンだ。鏡を持っていなかったので手探りでつけると、凌牙が微笑んで指を伸ばしてきた。
「曲がってるぜ」
1歩の距離が縮まる。髪に触られたのに驚いて後ろに下がろうとしたが、思いとどまった。ヘアピンを直す指の動きがこそばゆい。なにより、雑貨屋の時を髣髴とさせる距離感に緊張した。きっと今、顔が赤くなっている。
恥ずかしくなって遊馬は俯いた。凌牙の制服の城がオレンジ色に染まっている。夕陽の色に誤魔化されて、赤面しているのに気付かれてなければいいと望んだ。
「………」
「……シャーク?」
髪に触れたまま動かない凌牙を怪訝に思って目線を上げた。
凌牙は何か言いたそうに口を蠢かせていた。海を思わせる青い双眸が、聞こえてくる潮騒と同じく夕陽色に照り映えている。クールな彼の中に熱い色を見つけて、遊馬は目が離せなくなった。
(あ……)
予感を覚えて唇を引き結ぶ。周囲の物音よりも、自分の心臓の音が大きく耳に響いた。
髪に触れていた手が頬を滑って耳朶の後ろへ回る。大きな手に頤を傾げられて、遊馬はそっと目を伏せた。
緊張して震える唇に、とても柔らかな感触が重なった。
すぐに離れていった吐息を追いかけて瞼を上げた。凌牙は真剣な表情で問いかける。
「……嫌だったか?」
「う……ううん。嬉しかった……」
「……そうか」
安堵の微笑が広がった。それを見て遊馬の表情も綻ぶ。照れくさいけれど、叫びたくなるくらい嬉しかった。
「俺から先に言おうと思ってたのになあ……」
「そうなのか?惜しいことをしたぜ」
「あ、でも言葉では言ってないよな。と言うか、これって……そういうことでいいんだよな……?」
「ああ……悪い。言うより先に手が出ちまった。リップなんて塗ってるから触りたくて仕方なかったんだよ」
「気付いてたのか?」
「当たり前だろ。……似合ってるぜ」
耳元に顔を近づけられ「可愛い」と囁かれた。嬉しくて口元が勝手に緩む。頬を覆ったままの凌牙の手に自分のそれを重ねて擦り寄った。一回り大きさの異なる掌の感触が心地いい。
「そろそろ付き合うか、遊馬」
「ああ!」
両想いだけれど恋人ではない――1歩という微妙な距離を詰めて、二人は微笑みを交わした。



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