キミとの距離 | ナノ


キミとの距離


移動教室で2年生のフロアを横切った際、緑の制服の中に紫色の髪をした少年を見つけて、遊馬は駆け出した。
「シャーク!今日は学校来てたんだな」
「遊馬」
振り返った青い双眸に優しい色が灯った。そう感じたのは遊馬の自惚れではないだろう。遊馬が彼に特別な好意を抱いているように、凌牙もきっと同じ感情を抱えている。何気ない会話や表情から他の人に向けられるのと違う部分を見つける度に、淡い恋心は色を濃くした。
「実はシャークに渡したいものがあってさ」
「なんだ?」
「お土産だよ。隣町にでっかいショッピングセンターがオープンしただろ?土曜日に行って来たんだ」
制服のポケットの中からチャームのついたストラップを取り出すと、凌牙が小さな笑みを浮かべた。
「エアロシャークじゃねえか」
「見つけた時これしかないって思ったんだ。もらってくれるか?」
「ああ。サンキュ。バイクの鍵にでもつけるぜ」
早速パッケージを開封すると、ポケットから出したキーホルダーにストラップをつけた。遊馬の眦が緩む。凌牙といつ会えるか分からないから、土産を持ち歩くようにしていて良かった。喜ぶ顔を見れるのは嬉しいし、使ってもらえたらもっと嬉しくなる。
(へへっ、今日はついてるぜ。シャークと会えたし、話せたし、お土産まで渡せたし!)
学年が違うから同じ校舎にいても頻繁に顔を合わせるわけではない。そもそも凌牙の登校は気まぐれだ。好きな人の姿は遠くからでも毎日見たいけれど、それが叶うかどうかは運次第だった。会えればラッキー、一日ハッピー。だから移動教室の途中で凌牙を見つけられて、遊馬はすっかり舞い上がっていた。
「土曜か……俺もちょうど同じところに行ってたな」
「え?」
「町から海岸沿いに離れたところにあるショッピングセンターだろ?土曜の昼なら俺も買い物に行ってたぜ」
「そうなの!?」
偶然の一致に驚きと喜びが込み上げた。会えなかったことを悔しがる気持ちもあったが、同じ場所にいたと思うと心が躍った。しかもそこはハートランドシティから少し離れた位置にある。約束を交わしたわけでもなく、たまたま向かった場所ですれ違っていたのかもしれないと思うと高揚した。
「遊馬、お前もあそこのカードショップに行ったのか?」
「カードショップ……?そんなのあったのか。気付かなかった」
「じゃあ何しに行ったんだよ?」
「食事。たまには外食しようってレストランに行ったんだ」
テレビで宣伝されている飲食店だったため、すごい人出だった。予約していなかったらどれだけ待たされたか分からない。評判に違わない味に満足したその足で、ぶらぶらと店内を見て周り、せっかく来たのだからとお土産を買った。鉄男達にはデッキケースを、デュエルをしない小鳥にはラメ入りの色つきリップを、そして凌牙にはストラップを少ない小遣いから購入した。
「カードショップがあったんなら見たかったなぁ……」
デュエルを解禁された今なら、姉の目を気にすることなくパックを物色できる。あのショッピングセンターは中学生の遊馬が気軽に行ける距離ではない。土曜日も姉の運転する車で行ったのだ。惜しいことをしたと残念に思った。
「……もしかしてお前、知らないのか?」
凌牙が変な顔をしたので、遊馬は首を傾げた。
「なにが?」
「土曜日は新パックの発売日だっただろ」
「……えっ!?」
つい大きな声を上げてしまう。凌牙が呆れた様子で嘆息した。
「新しいカードのチェックもしねえとか、お前それでもデュエリストかよ……」
「嘘だろぉ!?新パックって……!うわああ悔しい!気付いてたら買えたんじゃないかー!」
「そもそもあそこのカードショップはオープン記念で新パック買ったやつに特典カード配布するんだよ。それも知らねえのか」
「知らねえよ!知ってるわけないだろ!と言うか、シャークが土曜にショッピングセンターにいたのって……」
「特典カード狙いに決まってんだろ。でなきゃ、わざわざあんな遠くまで買いに行くか」
「ちっくしょおおお!!」
悔しかった。デュエルを禁止されていたから、そういう情報に遊馬は疎い。アンテナを張っていたところで買えないからだ。購入できる状況にありながら特典カードも逃しただなんて、地団太を踏んでも気持ちはおさまらなかった。
「そんなに欲しいなら買いに行けばいいだろ。まだ残ってるかもしれねえぜ」
「そんなこと言われても、行く手段がねえよ……用事でもなきゃ姉ちゃん車出してくれないし……」
強請ったところで、仕事の邪魔をするなと、どやされる気しかしない。
がっくり落ち込んでいると、シャークが何事か考える素振りを見せた。落ち着かない様子で視線を揺らめかせた後、そっぽを向いて口を開く。
「……連れてってやるよ」
「へ……?」
「だから、連れてってやる。バイクになるけどな。それで良ければ、放課後にでも乗せてやるぜ。……どうする?」
チラリと視線が遊馬を向いた。ドクン、と心臓が大きく脈打つ。驚きすぎてとっさに言葉が出なかったが、気恥ずかしくなった凌牙が前言を撤回しそうになったので、急いで頷いた。
「い、行く!連れてって!俺、行きたい!!」
前のめりになって言うと、凌牙は力の入った頬を緩めた。「じゃあ放課後に正門な」と約束を交わし、踵を返す。その背中を見送り、遊馬は紅潮を隠せない頬を押さえて蹲った。
(うわあああっ、シャークと出かけるなんて初めてだ……!)
天にものぼる思いだった。
何となく互いの好意を感じあっている間柄だけど、特別なことは何もなかった。校内で見かけたら声をかけて、たまにデュエルをするくらいだ。校外で会ったのなんて、鉄男と遊馬のデッキをかけて闘った時以来だった。
この曖昧な関係に否やはない。両想いでないからこそのドキドキや、甘酸っぱい感情も嫌いじゃなかった。ほのかな好意を抱くだけで心が温かくなる。いずれは付き合えたらいいなあと思うけれど、今すぐどうこうなりたいと強く願っているわけではなかった。それでも、好きな人と出かけるとなれば舞い上がるし、甘い期待も込み上げる。
だらしなく緩んだ表情を両手で押さえて浮かれていると、後ろから肩を叩かれた。
「見たわよー、遊馬」
「小鳥!」
頭から抜け落ちていたが、一緒に教室を移動していたのだった。途中で凌牙を見かけたので、小鳥に待ってもらっていたのだ。
「シャークと出かけるんでしょ?よかったわね。もう告白しちゃいなさいよ!」
「ええ?いや、俺そういうのはまだいい……」
「もー。普段はかっとビングだ!って突撃していくのに、どうして恋愛ではそう消極的なの?きっとシャークも遊馬のこと好きよ。もしかしたら今日告白されるんじゃない?」
「えっ!?そ、そんな、まっさかぁ」
「分からないわよ。デートに誘ったのシャークからだったじゃない。もしかすると、もしかするかも……」
「デっ!?」
デート、の響きに鼓動が高鳴った。
「ち、ちげーよ!ただのお出かけ!外出!んなわけねーじゃん」
「どうして言い切れるのよ。ねえ、可愛い格好してシャークを驚かせたら?」
「行くのは放課後だぜ?一度家に帰る時間なんてねえよ。それに可愛い格好なんて俺には似合わないし、服もないし……」
幼馴染みなので小鳥もそのあたりはよく知っている。私服はズボンばかりだ。スカートな分、制服姿が一番女の子らしい格好かもしれない。
思案顔になった小鳥だが、何事か閃いたのか表情を明るくした。
「そうだ!これならどう?」
そう言って取り出したのは、遊馬がお土産として渡したリップだった。


お洒落ができないなら、メイクだけでも――と迫る小鳥を断りきれず、遊馬はプレゼントしたはずのものを一番最初に使うというあべこべな状況に陥った。身なりに気を遣っている小鳥とは違い、遊馬は化粧水だって持っていない。リップなんてつけたこともないから、唇を覆う違和感に慣れなくて背中がむず痒くなった。淡いイチゴ色のリップを塗った唇は、ラメが入っていることもあってテラテラと光っている。恥ずかしくて、拭き取ろうかと思ったけれど、思いとどまって待ち合わせ場所へ行ったのは、凌牙の反応が気になったからだった。
「お待たせ!遅くなってごめん!」
門の前にバイクを停めて待っていた凌牙に駆け寄ると、こちらを向いた青の双眸が驚いたように少し見開かれた。
(さっそく気付かれた?)
遊馬の意識も自分の唇に向かう。ドキドキしながら言葉を待ったけれど、凌牙からコメントされることはなく、予備のヘルメットを投げて渡された。
「後ろに乗れよ。日が落ちる前に帰りてえから急ぐぜ」
「あ、ああ……」
内心落胆しつつ、凌牙に言われた通りにヘルメットを着用した。唇に視線を感じたのは遊馬の勘違いで、気付いていないのかもしれないし、気付いたところで何も言うことはないのかもしれない。女らしさなんて全くないと自認している遊馬にとっては、一大決心で背伸びをしたつもりだったけど、考えてみればたかがリップだ。男の子からすれば「ふうん。だから?」で終わる話なのかもしれない。
ガッカリしているのは、何かしら反応が欲しかったからだ。女の子しているなんてらしくない、俺は俺、と思っている遊馬だけど、好きな人にくらい可愛く見られたいという乙女心はしっかりとあったらしい。
(ま、しょうがねえよな。ちょっと期待しすぎてんのかも)
告白とか付き合うとか、関係を発展させることに積極的でない遊馬だが、小鳥にあれこれ吹き込まれたことで過剰に意識してしまったようだ。気分を入れ替え、バイクに跨った。せっかく凌牙と出かけるのだから、ごちゃごちゃ考えて一喜一憂するのはやめようと思った。ただの友達でいい。日常から少し飛び出た特別な時間を楽しみたかった。
「しっかり掴まってろよ」
「ああ!」
バイクが発進すると加速度が体にかかった。腰を掴む力を強くする。凌牙は見た目と違ってしっかりとした体つきをしており、遊馬が抱きついても揺らがなかった。
その力強さにドキッとした。
凌牙は男で、遊馬は女だ。性別の違いなんてわかっている。男友達も多いから男子との触れ合いには慣れているし、照れやはないが、相手が好きな人となれば別だった。淡く想いを寄せる人に“男”を感じて胸がざわめかないわけがない。
「………」
友達でいいと思ったばかりだけど、今始めて、手に感じるこの熱に近づきたいと望む気持ちが湧いた。



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