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取り戻したいキミ(凌牙×僕遊馬)
 

〜〜これまでのあらすじ〜〜
Vちゃんとのデュエルはアストラルさんのお陰で勝てたけど、アストラルさんは力を使い果たして消滅。Vちゃんからもらったハートピースで欠片は全部集まり、決勝出場が決定。でも遊馬君は恐いから参加したくない。ナンバーズクラブの面々に「消えたアストラルのためにも」と説得されて渋々会場には来たけれど、出番が近づくに連れて恐怖が勝り、逃亡。そこをバッタリ出くわしたシャークさんにつかまって、シャークさんの控え室の隅っこで縮こまってる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

目が合うだけで萎縮して俯き、視線をそらす。これが“太陽”に擬された九十九遊馬かと思うと、愕然たる思いが凌牙の胸中を渦巻いた。
凌牙も一度対戦したことのあるVによって、彼は「かっとビング」の精神を封印されたのだという。
かっとビング――遊馬が口癖のように声に出していた言葉だ。語源は知らないが、察するに勇気や挑戦という意味だろう。
それを失った遊馬は、自分に自信が持てず、周りにあるすべてのものを恐れて震える臆病な少年と化していた。
「……おい」
部屋の隅で体育座りをして縮こまっている塊に声をかけると、大げさなほど肩が跳ねた。ゆるゆると振り返った遊馬の表情はひどく頼りない。凌牙に向けられた双眸ははっきりと“恐れ”を映している。
(……俺が恐いのか……)
学校一の札付き相手に毅然と向かい合った遊馬はもういない。心が痛みを訴えた。
眉を寄せて苦い思いを押し込めていると、険しい凌牙の表情から睨まれていると勘違いしたのか、遊馬は逃げるように目を伏せて下を向いた。凌牙は親しみやすい人間ではない。恐がらせるつもりはなくとも、顔立ちが鋭い上に話し方もぶっきらぼうだから、話しかけるだけで怯えさせてしまう。
「……いつまでそうしている気だ?」
意識して柔らかい口調をつくり、尋ねた。恐々と凌牙を窺いながら、蚊の鳴くような声で遊馬は答える。
「ぼ……僕の試合が終わるまで……」
「棄権する気か。いや、試合を放棄するなら不戦敗か。フィールドに上がるつもりはねえんだな?」
「だって、無理だよ……僕なんかが勝てるわけない……。一方的に叩きのめされて、痛い思いをして、皆に笑われるだけだ……だったら、何もしないほうがマシさ」
そう言って遊馬は膝に額を押し付け、俯いた。
「なら、アストラル……とかいう奴のことはどうするつもりだ」
遊馬の体がピクリと震えた。
「お前を助けるために消えた、デュエリストの幽霊だったか。そいつのためにも闘おうって気にならねえか?」
「……それは……」
迷う声が上がった。けれどそれも、諦念にまみれた遊馬の心を動かすには至らなかったらしい。
「……無理だよ……僕にできるわけがない……」
暗い声音で零れ落ちた答えに、凌牙は唇を噛み締めた。
(かっとビングとやらを失っただけで、こうまで変わっちまうのかよ……!)
凌牙の救いの太陽だった少年の面影は微塵もなかった。これではよく似た他人も同然だ。遊馬を遊馬たらしめていた重要なファクターが欠落している。
おそらく遊馬の眩い光の根源こそが《かっとビング》だったのだろう。自分を信じる強さも、諦めない心も、恐れず前に進む勇気も、すべてかっとビングに起因していたとすれば、この状況にも納得がいく。
(……そういえば……)
凌牙は夜の美術館での一件を思い出した。
彼とタッグデュエルをした時、凌牙の汚れた過去を嘲笑する陸王海王兄弟に遊馬は激昂した。負けるのが怖くて何がおかしい、俺だって怖かった、だからホープを使ってしまった――自らの汚点を認めた上で凛と立つ遊馬の強さに胸を打たれた凌牙だったが、裏を返せば、遊馬は弱いのだ。臆病で卑怯でズル賢く動く心の弱さを知らなければ、凌牙に同調などできない。
部屋の隅で縮こまる遊馬に目線を向けた。
かっとビングの精神を失った遊馬――今の状態こそが、生まれ出たままの彼の心そのものなのかもしれなかった。
(きっとこいつは本来、強くねえんだ)
皆の太陽になんてなれる性格ではない。それでも強くあれたのは、かっとビングがあったからだ。
(なら……)
凌牙の胸に希望が湧いた。
(Vの封印は解けなくても、かっとビングを教えればこいつは元に戻る)
思い出せないのなら新たな知識として植えつければいい。今の遊馬は赤ん坊の心と同じだ。時間はかかるだろうが、かっとビングの精神を吸収すればきっと、凌牙の知っている遊馬に会える。
プルルルル……プルルルル……
控え室に備え付けられている電話機が鳴った。凌牙は受話器を取る。前の試合が終わったので、10分後に凌牙の試合が始まるという知らせだった。了解の言葉を返して受話器を置く。そして座り込んだままの遊馬を振り返った。
「遊馬。自分の試合に出たくねえならそれでもいい。だが、次の試合は見ろ」
「次……って、シャーク……さん、の?」
怯えた声で敬称を付けられると、不快感がこみ上げた。
「シャークでいい。……俺は絶対に勝ってみせる。俺の対戦相手は知ってるな?」
「W、だろ?アジアチャンピオンの……」
「そうだ」
その名に暗い感情がひたひたと胸に迫った。凌牙がこの大会に参加している元凶だ。妹に手を掛けた憎い男へ復讐を果たすため、凌牙はここにいる。
「無理だよ……相手はアジア一のデュエリストだ。勝てるわけない……」
「勝つ。絶対に」
強く断言した凌牙に、遊馬は息を呑んだ。
厳しい試合になるであろうことは凌牙も承知している。昨年の大会いおける互いの実力は伯仲していたが、世界中のデュエリスト達と凌ぎを削っていたWと、格下の相手とばかりデュエルしていた凌牙とでは差が開いているだろう。決して許せない男だが、憎らしいことにデュエリストとしての腕は本物だ。
しかし負けるわけにはいかなかった。妹のために――そして、遊馬のためにも。
「諦めなければ道は拓ける」
凌牙は強い眼差しを遊馬に向けた。
「俺はそれをお前から教わったんだ。忘れたと言うのなら見せてやる。その諦めに曇った目を覚まさせてやるぜ」
かっとビングがあるから遊馬は太陽の輝きを放っていた。それが失われたというのなら、今度は凌牙が太陽になってやる。多大な借りを返すのはきっと今なのだろう。
(デュエルを復讐に使うなって煩く叫んでたお前だが、こういうデュエルなら悪くねえだろ?)
瞼を閉じて、記憶の中の遊馬に語りかけた。あの眩しい笑顔で頷いてくれたらいい。そう願った。



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