side by side



土曜 夜9時 近所の本屋

それがマイルール


昔から本が好きで、例え買わなくても本に囲まれているだけで幸せだった。その日もいつも通り、家から徒歩3分の本屋で、前から好きな作家の新作が置いてある棚を見て
いた。

すると不意にポケットの中で携帯がバイブ音と共に震えた。僕は本を棚に戻し、携帯をチェックする

【新着メール1件】

携帯を開くとそこには送信者「瀬戸美波」という文字が表示されていた。

瀬戸さんとは先日の席替えで隣になって、初めて話して「メアド教えて」と、言われ特に断る理由もなかったのでメールアドレス交換をした。


彼女は2年にしてテニス部のエースになるような人で、先輩にも後輩にも人気、焼けた肌とボーイッシュな髪型に大きな瞳が印象的な人だった。

まるで自分と正反対

僕は男のくせに色白でガリガリ、しかもスポーツは中の下くらい。唯一、背が高いのだけが取り柄。

そんな僕に瀬戸さんがメールしてくるなんてびっくりして慌ててメールを開く。そこには「左」という一文字だけが書いてあった。僕は不思議に思い不意に左を向く。すると、

「やあ、平田くん」

驚いて思わず後退りした。なんと僕の左隣(しかも、ものすごく近い距離)に
瀬戸さんが居たのだ。

「驚きすぎー」

そう言ってケラケラ笑いながら俺を見る彼女。それでも尚、口をぽかんと開けてる僕に、

「たまたま本屋寄ったら平田くんが居て、こっそり近づいて隣に居たのに、ちっとも気づかないんだもん」

半分呆れながらそう言われ僕は咄嗟に謝ると「別に謝る必要ないし」と一言いって目の前の棚の本を物色し始めた。


う、相変わらずサバサバしている。っていうか会話が続かない…。な、なんか言わないと…。



「何か本買いにきたの?」

噛まずに言えたことにほっとしていると、

「うん、それ」

と言って、僕の目の前にある例の作家の本を指差した

「この作家さんの本、好きなの?俺も凄い好きでさー…」

「いや、ただ気になっただけ」


…う、また続かなくなった。彼女はそんなの全く気にしてないようだけど、俺は焦っていた。

すると瀬戸さんはその本を取り、「じゃ、またね」と言って行ってしまった。


な、何でこんなに緊張してるんだ…。しかも異様に心拍数が跳ね上がっている。


瀬戸さんは自分と正反対で憧れみたいなもので。…それで?それだけ?

…気付いたら俺は走り出していた。レジを済ませ、今まさに自動ドアを通るところの彼女に、

「瀬戸さん!」

思わず叫んだ。やばい、思いの外大きな声だった。そのため彼女の他に、周りにいた客や店員らが俺を見ていた。


「お、送っていくよ」

さっきの半分以下の聞こえるか聞こえないかの声でそう言うと、彼女は「ありがと」と言ってはにかんだ。


季節は初夏だというのにどこかひんやりしていて、虫の声もせず、2人の足音だけが辺りに響く。

それはまるで、この世界に俺と瀬戸さんだけしか居ないような錯覚に陥る、どこか不思議なものだった。

今夜は星が見えず、うっすらとした月明かりだけが僕らを照らしていた。


「駅まででいいよ。平田くん家この辺?」

「あ、うん、ここから3分くらい」

そう言った後、俺は「しまった!」と後悔した。

「じゃあ遠回りになっちゃうね」

案の定そう言われてしまった。ここから駅までは10分くらいで、確かに遠回りだけど…。

「大丈夫、瀬戸さんと話していたいし」

本心だった、嘘じゃない。なのに彼女は黙ってしまった。


俺がまた、まずい事を言ってしまったのかと思考を巡らせていると、彼女はぼそっと言葉を洩らす。

「…みなみ」


え?と、思わず俺は聞き返す。

「…美波でいいよ、呼ぶの」

「あ、うん」

そう答えるのが精一杯だった。だって彼女はそっぽを向いてそんな事を言うから、照れてるようで可愛いかった。

「俺は、ヒラ でいいよ。皆にそう呼ばれてるし」

そう言ってみると少し間があってから彼女は、

「下の名前じゃダメかな…。皆と一緒とかじゃなて私だけがそう呼びたい」

これは不意打ちだった。いくらなんでも油断してた。どうも彼女は、俺のツボをピンポイントに突いてくる。

サバサバしててそこら辺の男より男前で、顔なんかひょっとしたら男の僕よりカッコいいのに。やっぱりこういう素直さというか可愛らしさは、女の子なんだな…。


俺がそんな事をぐるぐる考えていると、瀬戸は心なしか赤い顔で眉をハの字にて、じっと俺の顔を見上げていた。

それはいかにも「だめ?」と聞いてるようで更に俺の心を熱くした。

「いいよ、別に」

あえて冷静に答えた俺だが、内心心臓ばっくばくだった。

そして、しばらくすると駅に周辺まで辿り着く。お互い何となく名残惜しくて、歩調が遅くなる。


俺らの距離は友達にしては近すぎて 恋人にしてはどこか遠い、そんな微妙な距離を歩いていた。

しかし、ついにその時はやってきて、とうとう駅に着いてしまった。時間も時間だけあって人も疎らだ。俺がゆっくり立ち止まると瀬戸さん、いや、美波は数歩前に進み、そしてくるっと振り返った。

「また学校でね」

そう言って手を振る彼女を見て、なんだか切なくなる。僕も「またな」と言うと、美波と反対方向を向いて歩き出した。

するといきなり、


「慶人!」

と、後ろから俺を呼ぶ声がしてびっくりして振り返る。


「私、あの本買ったの、本当は、慶人の好きなもの、私も好きになりたかったからだよ!」


そう叫ぶと美波はまた駅に向かって走り出してしまった。俺は暫く直立不動のまま思考停止してたが、やがてまた夜道を歩き出した。

あぁ、今夜は彼女と同じ本でも読もうかな。

空を見上げると、いつの間にか、数え切れない程の星が瞬いていた。


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