タイムリミットラブ
「告白しないの?」
背後からいきなり放たれたその言葉に驚いて振り返ると、彼は人懐っこい顔で笑っていた。
窓いっぱいに広がる寒空。蛇口からは冷たい水が、音を立てながらバケツを満たしていく。
「しない、よ。」
どうやら彼は、私が毎日掃除の時間に窓の外を眺めていた事を、知っていたらしい。どんな目的で見ていたかも。
「どうして?」
全てお見通しという顔の彼を見て溜め息を洩らすと、蛇口の水を止めた。水面には曇った顔の私が映っている。
「もう、離れ離れになっちゃうし。」
「だからこそ、早く言わないとだろ。」
あまりにも真っ直ぐなその言葉に、私の心は益々曇っていった。だいたい、こんなところで女子から人気者の彼と2人で話していて、変なやっかみや誤解を招かれても困る。
15歳。まだ大人でも無く、もう子供でも無い、そんな曖昧な年齢を生きる私達は、あらゆる事に敏感である。特に異性関係の話題で、ありもしない変な噂でもたてられたら、瞬く間に孤立してしまう。それは非常に面倒くさいことだけど、自分は自分で守る他無い。私はなるべく誰にも見られないうちに、早く会話を終わらせようと思った。
「もし仮に万が一、付き合えたとしても、進学先がバラバラじゃ時間の問題だよ。況してや私は女子校、彼は共学。」
「そんなの、始まんなきゃ分かんないだろ。」
私はまた溜め息をつきたい気持ちになり、意味も無くバケツの水を弾いた。指先が徐々に冷たくなっていくのもお構い無しに。
そんなことを言えるのは、彼が今幸せだからだろう。彼が付き合っている子は私の親友である、可愛くて素直で優しい子。まるで私と正反対な彼女は当然の如く、異性を惹き付ける。
今まで何人も彼女を想いを伝え、玉砕してきた男子がいる中で彼女の隣を勝ち取ったのが今、目の前にいる彼である。異性にあまり興味を示さなかった彼女が唯一受け入れた彼は、呆れるほどに真っ直ぐで誠実。きっと彼女も、そんな所に惹かれたのだろう。
「深く考え過ぎ。」
水で遊ぶ私に向かって放たれた言葉に、あんたは考え無さすぎなの、と言いたいのをこらえて返事を咀嚼した。
「この恋は時限爆弾付きなんだよ。想いがどんなに強くても、いつかタイムリミットがきて跡形もなく消えてしまうの。」
早口になりながら、まくし立てるようにそう言うと、最後の言葉を吐き出した。
「…だからそんな悲しい事、私はしたくない。」
確かに深く考えすぎなのかもしれない。始まる前から、ネガティブ過ぎるのかもしれない。…だけど、たった2文字が言えない程、私にとって大切で、残酷なこの恋心はただ時が過ぎるのを待つしかないのだ。
「タイムリミット…か。」
立ち尽くして何か考えているような素振りを見せる彼。私はもう冷えきってあまり感覚のない手でバケツを持つ。急がなければ。もう掃除開始からだいぶ時が経っている。
「じゃあ、つまんない意地張ってるお前に忠告。」
彼の横を通り過ぎようとしたとき、そんな言葉を投げ掛けられ、思わず足を止めた。
「お前の好きな奴、絶賛片想い中だよ。」
ちゃぷん、と音を立てて水面が波うった。一体どういうつもりなのだろう。同情?こんな悲恋、諦めさせようとしているの?
「相手は3組の小山さん。ちなみに1年の時からずっとだって。」
…徐々に心拍数があがっていくのが分かった。軽く100は越えているだろう。だって、だって…。
「早く言わないと。小山さん?」
気付けば、バケツの重さも感じない程、私は気持ちが高ぶっていた。
「言う、言わなきゃ。タイムリミットが来る前に…っ。」
すると彼はまた、人懐っこい顔で笑った。