あのキラキラまで



 じりじりと、肌に日差しを直に感じる。

 日焼けするな、と思いながらも周りの女の子たちの様に冬服の長そでシャツを着たり日傘を差したりするのだけは嫌だった。そんなに日焼けに気を使っても特に誰が見ているわけではないし、何となく夏に悪いような気がしていた。
(君はいつだって夏と仲良しだねぇ・・・)

 そんなことを思いながら私は花壇に並ぶひまわりに水をあげる。

 7月末、夏休みまであと少し。ホースから溢れる水を葉や花弁につけたひまわりを見ていると、涼しそうで良いね、なんて感じて羨ましくなった。放課後の、グラウンドを一望できる場所にある花壇には日陰などない。あるのは猛烈な西日だ。

「安西さーん」

 その声に振り向くと、同じ美化委員の片山くんが駆け足でやって来ていた。「かっくん遅いよ」

「ごめん、英語の小テストが悪くてさ、再テストやらされてたんだ。一言安西さんに言おうと思ってたんだけど教室に行ったらもう安西さんいなくて」

「まぁ別に良いけどさー。隣の花壇の水やりよろしく」

「了解」

 彼がホースと繋がっている蛇口をひねりに行く。


片山くんだから、かっくん。彼とは高校2年生から同じクラスになって、クラスのほとんど全員からかっくんと呼ばれていたので私もそれに便乗することにした。彼は弓道部でよく県大会に個人や団体で出場しており、壮行式や賞状授与式によく壇上に上がっているので高校1年生の頃からよく知っていた。何を考えているのかよく分からない感じの人ではあるが、こちらが話しかけるといつも笑顔で快く対応してくれる。

 そんな彼と仲良くなりたくて親しみの意味も込めてかっくん、と呼んでいるのだが彼は変わらず私のことは苗字呼びである。彼は女子みんなを苗字呼びしているので気にしたら駄目だと思ってはいるが、何となく寂しかった。でも。それはそれで良いかな、なんて曖昧なことも考えていた。
「安西さんてさ、もしかして高1の頃からずっと美化委員だったりする?」

 彼は楽しそうな顔でこちらに語りかけてくる。

 ホースからは一定の水が溢れだしていてひまわりの根元を潤している。出始めたばかりの水は、きっとまだ温い。

「うん、1年の前期も後期もずっと美化委員だった」

「やっぱりか。俺いつも弓道場行く前に安西さん見かけてたもん」

「え、そうなん?」

「うん、今日も水まいてんなーって」

 私は何だか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになってホースを適当に動かしてみる。

 この花壇は玄関とも近いから、確かに見られていてたって不思議ではない。でも彼に見られているのなら、今度からきちんと日焼け対策をしなくては、なんて。

 美化委員は花壇の水やりや校内清掃などを担当している。生徒にはいつも人気がないので私が手を上げて美化委員になっていた。別に良い子ぶっているとかではなくて、どうせ何かの委員会に入らなくてはいけないのなら、私は美化委員でいいや、という程度の気持ちである。

「花とか、季節によって先生と植え替えるのけっこう楽しいよね」

 まだ気恥ずかしくて、ホースを持つ手を上下左右に大きく動かしてみる。こんなこと言ったら、良い子ぶっているなんて思われるだろうか。

 今大きく咲いているこのひまわりは、彼と私を含めた美化委員と先生で5月頃に種を植えた。

「あー、その咲いた花を見るのは好きだよ、俺」

 普通に2人きりで話せているというのが私には嬉しかった。こうやって彼と美化委員になってから2人きりで話す時間が増えて、それが気付いたら当たり前になっていて、すごく贅沢だ。

「かっくんは何で美化委員に入ろうと思ってくれたの?」

 彼が1年生の頃どんな委員会に所属していたかは知らないが、少なくとも美化委員ではなかった。県大会にばりばり出場して輝かしい彼とこうやって2人で話せるのは貴重なことで、だからこそ理由が気になっていた。じゃんけんで負けたからだとか、そんなくだらない理由でも別に良かった。

 彼はちらりと私を見た後、また視線をひまわりに戻す。

「去年夏の県大予選で、せっかく俺団体のメンバーに入れたのに調子悪くてさ。先輩たちのおかげで県大には進めたけど、俺は県大までに調子を上げれるか不安だったんだよね。そしたら花壇にでっかいひまわりが咲いてて、すごいなって思って・・・。うまく言えないけどそれでやる気戻って県大で3位になったわけさ。それで俺もひまわり育ててみたくなったっていうありきたりな理由ですすいません」

「えー、謝らないでよ何か嬉しいよ」


 私の育てたひまわりのおかげで彼が県大会で3位に、なんて恐れ多いことは言えないが、ほとんど毎日面倒を見ていた身としてはちゃんと花を見て勇気を得てくれた人がいるということがすごく嬉しかった。

 西日が強いから、表情だって顔が赤いのだってきっと気付かれない。

 毎年立派に育ってくれるひまわり、ありがとう。

「でもいざひまわりの面倒みるとなると大変だね。部活で頭いっぱいになるとすぐ花壇の水やり忘れて弓道場に飛んでってしまうもん。安西さんいつもごめんね」

「いいよ、何かもう胸いっぱいだから何だっていいよ」

 私がそう言って胸を押さえると彼は笑った。ホースからはもう冷たい水が出てきていて、ひまわりも何だかぴちぴちとしているように感じられた。

 私は蛇口のひねる。
「俺って花の世話は続かないけどさ」

 そのまま弓道場に行くのであろう彼が自分の荷物を肩に担ぐ。

 ようやく熱風ではなくなった夏の夕方の風がひまわりを揺らした。

「一度好きになったらけっこう続きますよ」

 「じゃあね、麻衣ちゃん、」と私の下の名前を呼んで彼は弓道場に行くために歩き出した。視界がきらきらとしているのはきっと、ひまわりについた滴が太陽に反射しているせいだけではないだろう。

 実は、去年から花壇に水をやりながら部活に行く彼に心の中で頑張れ、と呟いていたことは、まだ秘密にしておく。





―END―




「ここだけの話」夏山まちさんより頂きました!

1万打記念の企画ということでおこがましく「夏やひまわりがテーマの恋愛短編小説」というリクエストをさせて頂きました。

素敵すぎる小説を書いて下さった夏山さんに感謝感謝です!ありがとうございました!