トリコロールカラー




「最近、麻由子とうまくいってないんだよね」

親友からの突然の告白。


駅の路地を抜けて少し歩いた場所にあるカフェは、昼下がりだというのに人は疎らだった。だが、少しレトロな雰囲気を醸しながら流行りに流されず、味を守り続けるこの店が好きだった。柔らかいボサノヴァのBGMも心地よい。

俺は半分くらい残ってたアイスティーを一気に飲み干しすと、一息ついてから話を聞き始めた。


俺と親友の雅紀と、その彼女 麻由子は高校時代から仲がよかった。雅紀とは中学からの付き合いで麻由子とは高校で出会った。

雅紀は昔から馬鹿ばかりやって、とにかく明るい奴だった。クラスによくいるようなお調子者タイプで、どちらかと言えば大人しい俺とは、ほぼ正反対の性格。だけど、同じ部活をしていたのもあり、性格は違うものの、気が合う雅紀と仲良くなるのに時間は掛からなかった。共に汗を流して、レギュラー争いやスタメン争いのときも良い好敵手として、互いに切磋琢磨した。


そして高校生になり、そこで出会った麻由子とは初対面からびっくりするくらい気があい、すぐに3人仲良くなった。体育会系な見た目通り、麻由子はサバサバした性格でとにかく真っ直ぐな奴 である。先導にたつ事に長けており、男女ともに分け隔てなく人気者でもあった。

今は3人とも別々の進路に進んでるが、たまに会って遊んだりしてる。性格は2人とも相変わらずだが、少し髪色が明るくなった雅紀と、耳に掛からないほどのショートヘアだった麻由子が鎖骨のあたりまで髪を伸ばしているのをみると、未だ慣れずにくすぐったかった。

大学生活ではじめての夏休みに3人で海に行くことになり、そこで初めて2人が付き合っていたことを知った。最初はかなり驚いたが2人の仲のいいやり取りを見てると「お似合いだな」 と素直に思った。

それから2年が過ぎ、また夏がやってきた。

俺も3年になり、レポートだのサークルだのテストだのに追われてた頃、久しぶりに雅紀から電話があった。ちょっとした雑談のあと、少し低めのトーンで「話たいことがある」と言われ、後日指定された喫茶店で会うことになった。そして、いまに至る。


話によると最近些細なことで喧嘩が続いて、たまにしか会えない貴重な日も険悪なムードだったという。相手の嫌な所ばかり見えるようになって、自分でもやばいと感じていたらしいのだが、2日前ついに麻由子から別れ話を切り出されてしまったという。


「『もう少し、時間をかけて考えてみよう』って言った」

そう言いながら雅紀は先程から一向に減らないアイスコーヒーを、溶けかけた小さな氷と共にストローでくるくるとかき混ぜながら、どこか遠くを見ていた。


この問題はかなり深刻で俺を悩ませた。2人には上手くいって欲しいと思ってたし、3人の仲が壊れてしまうのも嫌だった。


友達から恋人になった者同士が、また友達に戻ろうなんて思っても、決して元のような関係には戻れないと、俺は思ってる。

現に俺は、好きだった女友達に告白したくても、断られ「友達」とい う関係に戻れなくなるのが怖くて、自分の想いを伝えられなかった。俺は臆病な男だ。

俺はの人差し指と中指で右側の耳を挟み、頬杖をついた。何かを考えるとき、ついやってしまう俺の癖。




「ドライブなんて久しぶり」

助手席の麻由子は、はしゃぎながらそう言った。この日の為に大学の友人から車を借りてきたのだ。

ペーパーな俺は昨日の晩頭の中で何度もマニュアルを繰り返していたのだが、些か不安はまだ残っている。思えば、2年程前に免許をとってから、数える程しか運転してない。俺は心の中で意気込むと、慎重にアクセルを踏み、車を走らせた。


目的地は海だった。と、言ってもただ海に行くのでは無く雅紀と麻由子が初めてのデートで行ったという場所を巡るというプラン。勿論彼女には内緒にしてある。

我ながらお節介だと思ったが、2人の溝が埋まるかもしれならやるしかない。雅紀に予め場所を聞き出していたので、なかなか順調に進んで行った。


色んな場所に行ったが終始、麻由子は楽しそうで「ここ来たことある!」なんてはしゃいでいた。

でも、ふとした時の表情はどこか哀しげで、寂寞の思いを潜めていた。だけど、それは雅紀との思い出して少し笑っているようにも見えた。


陽が落ちてきて辺り一帯はオレンジ色に染まっていた。俺たちは海のすぐ側のカフェテラスで、夕陽と同じ色に染まる海を見ていた。

「今日、すっごく楽しかった。あ りがとう」

そう言って笑う麻由子の顔が夕陽に照らされて、キラキラと輝いているように見えた。

俺は少し黙りこんだ。その様子をみて麻由子もどうしたのかと困惑してるようだった。やがて俺はゆっくりと語りかけるように言った。


「今日楽しかったのは、雅紀とのことを思い出したからだよ」

麻由子は驚いた顔するとその刹那、両手で顔を覆い肩を震わせはじめた。


「ごめん、ごめ…」

手のひらから零れ落ちた涙が、ぽたぽたと音をたててテーブルに広がっていく。俺はその波紋を見つめ、彼女が俺に謝る理由を考えないようにした。

周りの客がちらちらと此方を見てくる。大方、カップルの喧嘩や別れ話だのとでも思っているのだろう。

夕陽が沈みはじめた。段々と薄暗くなる海と空は、先程と違う、悲しい色をしている。

俺はため息をつきたい気持ちを押し殺し、携帯を手に取ると着信履歴の1番上を押した。

荒い息を繰り返しながら、雅紀は現れた。自宅に居たとしてもバイクでここまで来るにはかなり時間が掛かるのに、凄い速さだった。愛の力なのか。

なんて思いながら2人の邪魔をしないようにそっと席を離れた。先程の客たちの同情の視線を感じながら、会計を済ますと店を出る。


生ぬるい潮風が俺の身体を包んだ。駐車場までの道がやけに遠く感じた。

歩きながら浮かんでくるのは、昔の思い出。笑った顔、泣いた顔、怒った顔、悲し気な顔、不安気な顔、得意気な顔。

強がりなとこ、だけど泣き虫なとこ、寂しがり屋なとこ、世話焼きなとこ、人を疑わないとこ、笑顔を忘れないとこ。

そしてあの時の、心から幸せそうな笑顔。


車のドアを閉めたときにはもう手遅れだった。馬鹿みたいに声をあげて泣いた。辺りは暗いし人気もない。

数年越しの想いを涙に変えて、全て流してしまいたいと思った。

臆病で自信が無くて素直になれない俺は、涙を流す彼女を抱き締めることさえ出来なかった。

「好きだった」いや、「好きだ」今でも、そして初めて麻由子と出会ったときから。





時間というものは恐ろしいもので、毎日きまって同じ分だけ過ぎていく。

そして季節も絶え間 なく変わっていく。


「あ、もしもし?雅紀?今日、結婚記念日だよな。おめでとう。もう3年も経つんだな。…でさぁ俺、来年の春、結婚するんだ」



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