ガムとチョコレート
溶けてしまいたい。
君の中に、永遠に。
例えば、角砂糖のように。例えば入浴剤のように。姿や形を変えて、私の手も足も髪の先までも、全て溶けだして、君と1つになってしまえばいいのに。
「それでさ…―」
嗚呼どうして彼は、こんなにも私を不機嫌にさせるのが得意なのだろう。
「ふーん」と彼の話に相槌をうちながら、私の目線は手鏡の中。右手でマスカラを慎重に動かしながら、さも聞いてないような素振りをするが、そんな私の態度を気にする様子もなく、彼は私に話続ける。
「昨日、実紗ちゃんが…―」
不意にマスカラがずれた。目尻に黒い線がつく。
実紗、その名前に過剰に反応してしまい、それを隠す ように私は脚を組み直した。
「実紗」それは私の妹であり、彼が想いを寄せる相手でもある。彼と私は昔からの幼なじみで、同い年で気も合い、よく一緒に遊んだりした。
それが高2になって彼は突然「俺、実紗ちゃんの事…好きかも」なんて言い出した。
どうやら彼の恋心は、たまに私たちのあとを着いてきた、2つ歳下の妹に向かったらしい。
いま彼が話しているのは昨日、実紗と買い物に行っただとか、その時の服装が可愛かったとか、そんな話。
言っとくけど、その服私が選んでやったんだからね。実紗は恋愛事にかなり鈍いから、どうせこいつの恋心にも全く気づいてないだろう。教える気も無いけど。
それでも、楽しそうに実紗の話を続ける 彼。私は気付かれないように溜め息をつくと、マスカラと手鏡をポーチにしまい、鞄からガムを取り出した。黒い粒ガム。激辛ミント味。
放課後だというのに、こいつのせいで一向に帰れない。外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
「…明日、告白しようと思う」
ガリッと音を立ててガムの粒を噛むと、たちまち辛いような苦いような味に包まれた。
「そう、頑張ってね」
嗚呼このガム、泣きそうになるほど辛い。立ち上がり、鞄を持つと「じゃ、またね」と言って教室を立ち去ろうとした。
「梨紗!」
不意に呼び止められ振り替えると、彼はを私に向かって何か小さいものを投げてきた。それを片手でキャッチして手の中を見ると、そこには金の紙に包まれた小さなチョコ レート。
…普通ガム噛んでる人にチョコなんてあげる?なんて、内心呆れていると、
「聞いてくれてありがと、頑張る!」
椅子に反対向きに座りながら、彼は屈託のない笑顔で ひらひらと私に手を振る。さっき堪えた筈なのに、鼻の奥がつんとした。
私は適当に礼を言って、早々とその場から離れた。廊下を歩きながら先ほどのチョコレートを口の中に放り込む。
知ってる?
ガムとチョコレートって一緒に食べると、溶けてなく なっちゃうんだよ。
そして、最後に残るのは彼がくれた、甘く、ほろ苦い あの味…。