こりゃあまた、面白いのがきたなァ。
からからと愉快そうに言う声に、えぇ、と心の中でシロウ。箒の動きを止めて、訪れたかわいそうな少女に向き合う。相変わらず、背後の社からは笑い声が耐えなかった。からからから。ころころころ。けたけたけた。随分と上機嫌だった。

「…さがしびと、ですか」
「…はい」
「カミダノミってぇやつだねぃ?ひさびさじゃぁないか!最近はめぇっきり、ここにカミダノミしに来るのも減っちまって、なかなか退屈してたんだよ!」
「……?」

どこからか聞こえる第三者の声に、きょろりと彼女は周囲を見渡した。ひどく寂れた境内だ。入口に鎮座する対の稲荷像はやや苔が生えているし。はためく幟は擦り切れて、色あせたただの布切れにほど近い。綺麗に掃除されているものの、その足元の石も時折踏めばがたがたと揺れるものが混じっているし。連なる鳥居の朱色はすでにあせて、より一層境内を暗く見せていた。その先にある賽銭箱も、これまたぼろで、目が抜けているのがよく分かる。どこか灰色がかった印象のこの場所こそ、朱池稲荷神社にほかならない。ただ唯一、その社だけは鮮やかな朱に輝いていた。
聞こえた声は最初、水の中で聞こえるかのようにぼわんぼわんとかすれ、反響していたが、徐々に鮮明となり、いまではその笑う声は鮮明に耳に届いていた。目を凝らせば、社の奥にゆらりと火が揺らめいているようだ。

「うーん、随分と張り切ってらっしゃいますね…」
「ははは!引きこもってばかりじゃぁ、体に悪いっていうだろう?珍しいことに、今度の依頼主はお隣さんとこの子だしねェ!」
「はぁ、そうなんですか?」
「え、あ…まぁ、はい…」

ばん!と社の扉がものすごい音を立てる。突然のことにびくりと肩をこわばらせる女性の前に、シロウが一歩でて、落ち着いてください、と声をかけた。ひぃひぃと笑い転げている様子の誰かが、扉にある隙間からぬっと目を覗かせる。揺らめく火のように赤い目が楽しげにこちらを見ていた。
直感的に悟る。この目の持ち主が、この社の中にいるのが、誰であってなんであるかを。
かさりと手にしていた袋が音を立てる。はっと、思い出し、袋を差し出した。きょとんと一瞬目を丸くしたシロウだったが、すぐにそれが何か思い至る。

「あ、あと…その…これを…」
「おや、お賽銭といったところですか?いやぁ、すみませんね。どうにも興奮しているようで。」
「シロウ!それ!それ!!油揚げだぁあああああ!」
「えっ!だからそんなにうるさかったんですね…」

シロウの手に渡った袋ががさごそと音を立てる。中から彼女の住まう土地の名物品と、油揚げが出てくる。社から叫ぶその人物へと、社の扉を小さく開けて、シロウは手渡した。ぱっと奪い取るようにして社の中へと袋が消えていく。しばらくの静寂と、どうやら、早速食べているらしい気配が感じられた。どれだけ油揚げが恋しかったんだ、と二人が顔を見合わせる。走行していると、再び隙間からぎょろりと目が覗く。

「さすが隣の稲荷の巫女なだけあって、よぉくわかってるじゃぁないかい!」
「…!」
「はぁ、どうりで…」
「ほぅれ、シロウや。さっさとその子を導いておやりよ。」
「えぇ?そうは言われましても…誰をお探しなのか…」
「なんだぃ、まだわからないのかぃ。」

きぃ、と扉が開く。見た目に反して、室内はどこまでも広く、奥は暗く、見ることが叶わない。しかし、代わりとばかりに宙を火がゆらゆらと漂っては、消えていく。中央には背を向けたままで顔もわからない誰かが座っていた。珍しい、とシロウが呟く。青い火の一つがすぅっと社の外へと飛び出した。飛び出すと同時に、その火はまるで燃える獣のような形へ変わる。ぴょん、と数回女性の周りを飛び回って、駆け出した。石造りの階段の前で立ち止まるその火が、ようやく子狐の型をしているのだと気がついたところで、再びの声。

「探し人だとはとんと思わなくてねぃ」
「え?」
「うっかり殺しかけちまったんだよぅ。」

振り向けばいつの間にかすぐそばにそれが立っていた。顔は、相変わらず隠れていて見ることができない。ただ、その口元にちらりと…油揚げのカスが付いているのが見えて、ひくりと口角が引きつった。ついてますよ、とシロウがフォローを入れるものの、そんなのは聞いちゃいないようだ。

「こいつが案内してくれる。」

手にもった扇でつい、とシロウ、それから例の狐型の火を指し示す。答えるようにシロウは小さく会釈し、火はぴょこんと飛び跳ねた。うむ、と満足げに頷いて、再び向き直る。
そこで気がつく。いつの間にか、目の前の社はもとより、賽銭箱も、立ち並ぶ幟も、堂々とたつ鳥居さえも、鮮やかであることに。気づかぬうちに暗くなった周囲に、浮かぶようにさえ見える。いや、事実、あちこちに揺らめく火は浮いていたし、その光に照らされる周囲の全てが、暗闇にぽっかりと浮いているようにしか見えないのだが。

「なぁに、最近はシロウも油揚げをくれなんだ…こちとら、礼にはまだ足りんくらいってねぇ。」
「…そ、そうですか…」
「だから、なァ。」

しかしその美しい情景も一瞬のこと。陽炎のごとく周囲が揺らぐ。そして、目の前のその人の姿もまるで溶けるかのように消えていく。

「許してくれよぅ、琴ちゃんや」

その言葉を最後に、周囲は明るく、朽ち果て気味な境内へと姿を戻す。社の扉はぴたりと閉じられており、中は暗く何も見えない。シロウは先ほどのところにはおらず、すでに石造りの階段の方へと歩を進めていた。その足元には作り物のような朱色の子狐が待っている。

「…あの」
「よほど油揚げが嬉しかったようですね。普段はあまり姿を見せないのですがね…」
「じゃあ、やっぱり…あの方は」
「えぇ。……さ、行きましょうか、琴さん。」

男が歩を進める。子狐も楽しげに階段を降りてゆく。先導するように歩む一人と一匹を追いかけるように、琴も歩き出したのだった。再会はそう遠くはない。





導きの朱を追う君と。


(遠く、警笛の音が聞こえた気がした)





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朱色のちみっちゃいのは琴ちゃんに懐く。道案内後も足元をちょろちょろしてると思いますよ。煮るなり焼くなり…(雑)

【あのあ:くしなさん/こちら】から続いてる感じで。

mae//tugi
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