優しくなれない月曜日


賭けの対象にされたことがある。告白して、付き合えたら千円、みたいな、くだらない賭け。中学三年の秋だった。それに気付いたのは本当にたまたま。忘れ物を取りに教室に戻ったとき、ドアを開ける直前に聞こえてしまったのだ。
「進捗どうよ」
「あー、全然だめ」
「けどお前とは結構話してるよな?」
「まあたまに笑ってくれると可愛いなってなるよなやっぱ」
三年に進級し、席が隣になったことで話す機会が増えた田中と、その友達の声がした。話題は自分のことだろうと察して耳をすませる。いま思えば、聞かなきゃ良かったんだ。忘れ物なんか次の日でも良かった。
「で、落とせそうなん?」
「……いやー、どうかな」
「頼むよマジで、俺小遣い賭けてんだからさ」
「知らねーよそれは」
「みょうじ顔良いからなー、連れて歩いたら気分いいだろうな」
「そういうもん?」
「そういうもんだろ、なにお前モテんのにそういう感情ねーの?」
「あんま考えたことねえや」
「ふーん。まあ罰ゲームなんだししっかりクリアしろよ。んで俺の小遣いのためにオッケーもらってこい」
「…分かってるよ」
好意があったわけではないけれど、話も合うしそれなりに気を許していた人だった。良い友達になれるんじゃないかとも思っていたし、もし自分が恋愛をするならこういう人としたいな、とすら思っていた。
冷める瞬間ってこんな感じなんだ。さっきまで、盗み聞きをしていることや田中がわたしのことをどう話すのかが気になってドキドキしていたはずなのに、まるで上からばしゃりと冷水をかけられたみたいに、すとんと熱がなくなる。罰ゲーム。賭け。男のステータス。知らない間に、そんなものの対象になっていたのか、と。
教室には入らずに、踵を返した。席が隣になって知ったあの優しさも、たまに見せる照れたような顔も、全部作り物だったのだろう。好きになる前で良かった。勘違いしなくてよかった。涙はでなかったけれど、それなりに悲しかった。
翌日、田中はいつも通りに話しかけてきた。そりゃそうか。聞かれたことなんて知らないもんね。わざとらしくいつもよりも意識して笑顔を作って、息を呑む田中にざまあみろと思いながら、今まで通りに接してみせた。わたし、女優にでもなれるんじゃないだろうか。
そんなことをしばらく続けていたら、卒業式の日、田中に告白された。
「…良かったら、俺と付き合ってください」
顔を真っ赤にして、不安げに瞳を揺らし、だけどまっすぐにわたしを見つめていた。ようやくきたか、という感想だった。思ったよりも時間がかかったな、と。ただそれだけ。すぐにでも告白されるのだと思っていたけれど、長期戦だったようだ。
もしあの話を聞いていなかったら。もし最初から賭けなんてなかったとしたら。そしたらわたしは、なんて返していただろう。たらればを言っても仕方ないけれど、多分、よろしくお願いしますとその手を取っていただろう。確かな好意があったわけではないけれど、あの時感じた胸の痛みの理由は、好意に近いものがあったからなんだと思う。
「この一年間、わたしを騙して楽しかった?」
「……え、」
「賭けは失敗よ。残念だったね田中クン」
「え? や、ちょっと待って、話聞いて」
「無理。もう顔も見たくないし」
視界の隅で、田中の友人たちがひっそりと隠れているのも見えていた。ニヤニヤして、罰ゲームの結果を早く知りたくてたまらないのだろう。ひとつ、舌打ちをすれば、田中はびくりと肩を震わせる。青ざめて、焦った顔。さっきまでの赤い顔とは大違い。言い訳でも考えてるのかな。まあどうでもいいんだけど。
「…みょうじ頼む、話だけ聞いて」
「さようなら」
苦痛で、長い半年だった。春からは、知ってる人がいない雄英高校に入学できる。1からスタート出来る。折角なら髪の毛を染めてみよう。昔から漫画の影響で金髪に憧れがあった。それに合うように、入学式までに濃いメイクの練習もしよう。短いスカートやルーズソックスにも憧れてる。高校デビューにも程があるけれど、それでも、楽しいことばかりを考えて、来月から始まる高校生活に思いを馳せれば、田中の顔も思い出すことはなかった。
この感情とも、やっとさようなら出来るのだ。



あれから、上鳴が馴れ馴れしい。

「みょうじおはよ」
「…げ、上鳴」
「げってひどくね!?」
「………おはよ」
「はは、すげー嫌そうな顔すんじゃん」
ヒーロー科と普通科。接点なんてほとんどないはずなのに、上鳴のことを見かける日が増えた。その度上鳴はわざわざわたしのほうまで歩いてきて、こうやって何往復かの会話をする。お世辞にも態度がいいとは言えないわたしを上鳴は気にしていないようで、いつも笑ってる。
関わるようになって分かったことが何個か。
上鳴は友達が沢山いて、分け隔てなく仲がいいようだけど、その中でもよく一緒に居る人たちが居て、その人たちの前では特に楽しそうにしているということ。そのメンバーの中にわたしより態度や口が悪い人が居て(何かと有名な恐い金髪の人)、もしかしたらそれに慣れているからわたしのことも気にしていないのかなと思った。
二つ目は、本当に見境なく声を掛けていたわけではないということ。女の子をナンパしているところばかり見ていたけれど、男に声を掛けているところも見た。共通の話題があるからなのか、話が上手いのか、気付いたら連絡先を交換していたり、男とは肩を組んで話していたりする。コミュニケーション能力が高いのは、良いことだと思う。素直に羨ましい。
そして、その女の子へのナンパがここ最近めっきり無くなったということ。勘違いしている、と上鳴は言っていた。誤解を解こうとしているのだろうか。誰のためにとか、なんのためにとかはよく分からないけれど。
「今日俺ら小テストあるっぽくてさあ」
「英語の?」
「そうそう、もしかしてもうそっちやった?」
「先週やったよ」
「まじ!?なあ一生のお願い。見せて、それか出るとこ教えて」
「嫌です」
「なんで!?俺らの仲じゃん!」
「…俺らの仲ってなに」
「友達!」
にっこり。屈託のない笑顔で言う上鳴に、思わず固まる。
「わたしたち友達だったの」
「えっ、ちげえの!?」
なんだろう、この感じ。嫌悪感しかなかった相手のはずなのに、今はもう嫌な感じは全然ない。懐に入り込むのが上手いのか、嘘偽りなさそうなどこまでもまっすぐな瞳を信じたくなるような、応援したくなるような、そんな不思議な人。思わず声を出して笑うと、訳が分からないと首を傾げた。
「自力で頑張らないと意味無いでしょ」
「…う゛」
「教えるだけなら、いいよ」
男に向けて自然に笑みがこぼれたのは久しぶりだった。でも、だけど、上鳴となら、異性でも友達になれるのかもしれないって、なんとなくそう思えたの。
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