知らなくて良かったこと


「なあ、飯行かね?なにが好き?」

第一印象、チャラい。
へらへらと手当り次第女の子に声をかけているのを何度か目にした。自分のクラスだけじゃなく、他のクラスの子にまで。見境なくて、誰でもいいから女の子と遊びたいチャラい男。吐き気がする。こんな人でもヒーロー科に受かるんだから、どうかしてる。
昔から、声をかけてくる男の人は少なくなかった。自分で言うのもどうかとは思うけれど、見た目はそこそこ、スタイルも悪くない。雄英に入学できるくらいの学力もある。上から下まで舐めまわすような視線を送られることも何度もあって、その度に嫌気がさした。良い女を連れて歩くのがステータスとでも思っているのだろうか。
遅くにきた反抗期のように、高校を入学する時に髪を染めた。ブリーチをして、近寄り難い女になれたら良いと思った。軽い女のように見えるからか、遊び慣れてそうな男に声をかけられる回数はそんなに減らなかったけど、それでも、派手なメイクも、明るい金髪も、短いスカート丈も、自分が強くなるための武装のようで、嫌いじゃなかった。
わたしは、わたしをちゃんと見てくれる人と恋愛がしたいのだ。外見だけじゃなくて、中身も、まるまる、愛してくれるような、そんな人。どうせ簡単にヤれそうだとか思ってるんだろうな。ヒーロー科のくせに。残念だったな。こんな男に構っている時間も惜しいし、仲良くなりたいとも思わない。
「行かない」
「えー、そんなこと言わずにさあ。じゃあ連絡先教えてよ!」
「いま携帯持ってないんだよね」
「いやいま右手に持ってるよね!?」
「教えたくない。じゃ、さようなら」
思わず舌を打った。しつこい。へらへらして、なにが楽しいんだか分からない。まだ何かを言っているような声が微かに聞こえたけれど、ヘッドホンでシャットアウトすることにした。踵を返して昇降口に向かう。流石について来ることはなくて、ほっと胸を撫で下ろした。まあ、それもそうか。誰でもいいんだし。新たなターゲットでも見つけて、声を掛けているに違いない。きっと見かけることはあっても関わることは無いだろう。

と、思っていたのに。

二度目の再会は、案外すぐだった。休日、ショッピングモールで買い物中に年上の男にナンパをされて、いつものように断って、そしたら逆上された。人の多い場所だと言うのに、誰も見向きもしてくれない。「ちょっと顔がいいからって調子乗ってんじゃねえよ」とか「どうせすぐ股開くんだろ」なんとか言われたような気がする。
断られたからキレるなんて痛い男。真昼間から下品なことを大声で言うなんて恥ずかしすぎる。ダサい。心の中ではいくらでも言えるのに、こういう時って意外と声は出ないんだなあなんてぼんやりと考えていた。多分、怖かったんだと思う。掴まれた手首が痛くて、周りの同情するような視線も痛くて、泣きそうになって、そんな時に彼が来たのだ。
「おにーさん、その子の手離してやって」
「は?ガキは引っ込んでろよ」
「引っ込めねーよ、これでもヒーロー志望なんで」
「っお前に関係ねーだろ!」
「離せ、つってんの。分かんねぇ?」
低い声だった。いつものへらへらとした笑顔もなく、まるで表情を失った人のような。威圧感があって、有無を言わさない、そんな様子だった。いつもへらへら笑っているところしか見たことがなかったから、そんな顔するんだ、なんてわたしまで驚いてしまった。
男はびくりと身体を震わせたあと、「覚えてろよ」なんて、アニメで敵が逃げるときのセリフのような言葉を吐いて立ち去っていく。姿が見えなくなって、力が抜けた。へなへなと座り込むわたしと同じ視線になるようにしゃがみこんで、へにゃりと笑う。
「大丈夫、じゃねえよな。怪我してねえ?」
「だい、じょうぶ」
「そっか。なら良かった」
「…あの、ありがとう。助かりました」
「もうちょっと早く来れたら良かったんだけどなー、怖かったよな」
あまりにも優しい言い方にか、じわじわと痛む手首にか、恐怖から開放された安堵からか、涙が溢れた。ナンパなんて別に初めてじゃないのに。
「あれ、おかしいな」
泣いているところを見られたくなくて、あははと適当に笑って誤魔化すけれど、多分これは通用してなくて。もう大丈夫だよ、なんて、子供をあやすように背中を優しく撫でられて、不覚にも、安心してしまった。

「みょうじ さん、だよね」
「ああ、うん」
「この前ごめんな、急に」
なにかあったら困るからと駅まで送ってくれることになった上鳴、くん、と並んで歩く。歩幅は合わせてくれてるし、車道側を歩いてくれるし、こういうとこ、きっと慣れているんだろうなと思う。別にどうでもいいけど。わたしは慣れていないから、いちいちドキドキしてしまって悔しい。嫌いなタイプの男ではあるけれど、こうやって近い距離に男がいることすら初めてだから、胸がざわざわして落ち着かないのは仕方の無いことだろう。
「上鳴、くん、さあ」
「呼びやすいのでいいよ」
「上鳴さあ」
「うん」
「女の子好きなのは別にいいと思うけど見境なく声かけるのやめたほうがいいと思うよ」
まあどうでもいいんだけど。仮に上鳴のことを好きな子が居たとしたらショックだろうなとか、誤解されやすような人だなとか、少し思っただけで。
気まずさからか、どこを見て歩いたらいいのか分からず、ゆっくり歩みを進めるスニーカーの先をぼんやりと眺める。おろしたてのエアマックスはぴかぴかで気分がいい。
「あー、俺、そういう印象?」
「みんなそう言ってる」
「やべえやつじゃん俺」
「うん。だから最初冷たく当たっちゃった。ごめん」
「今こうやって話してくれてるから全然気にしてねえ。つーか俺が勘違いされるようなことしてんのが悪い」
「勘違い?」
「別に誰にでも声掛けてるわけじゃねえよ、俺」
足を止めた上鳴が、真っ直ぐわたしを見る。誰にでも声を掛けてるわけじゃないとしても、別にわたしにだけ声を掛けたわけではないし。ていうかどうでもいいし。興味もないし。頭の中でそんなことを思いながら、「…ふうん」と返す。助けてもらった感謝はしているけれど、嫌悪感は完全には拭えていない。
駅まであと三分。さっきよりも歩幅が広くなったわたしに、どうか気付いていませんように。
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