ヒーロー


業務を終えて携帯を開くと、数分前に知らない電話番号からの不在着信の通知と留守電が入っていた。不思議に思いながらも事務所にあるテレビをつけるとちょうど【速報】のテロップと共に大型商業施設に現れたらしい敵とみょうじが戦っている映像が流れている。「先程現れた敵は…」アナウンサーが冷静に解説していることから速報ではあるもののリアルタイムではないらしい。遠距離系の敵が相手だと近距離メインのみょうじでは相性が悪いから、結構苦戦しているように見えた。応援来なかったんか。着替えようとコスチュームを脱いでいた手が止まり、俺はその映像を食い入るように見てしまう。苦戦してはいるものの着実に追い詰めていたように見えたが、ちょうどその時逃げ遅れた一般市民の男が敵の目に入って、攻撃のターゲットをそいつに変えた。珍しく焦った顔をした女は庇うように手を広げて前に立ち、攻撃をもろに食らう。
「……は?」
思わず声が出た。たまたま通りがかったらしい事務の女が驚いたのかこっちを見たのが分かったけど、今はそんなことどうでもいい。血を吐いたみょうじはふらつきながらも個性を使って気絶させた敵を拘束した。ボロボロになりながらも「確保」と勝気に笑ったところで映像は終わり、アナウンサーが被害状況を伝えている。息をするのも忘れてしまうくらい見入ってしまったらしく、長めに息を吐いた。手はじんわりと汗ばんでいる。怪我人は居なかったらしい、が、結構重症なんじゃねえのか、アレ。容態を確認するために連絡しようと思い再度携帯を手に取る。そういえば、と先に確認した留守電は近くの病院からだった。

「くっそ焦ったわ」
「ごめん爆豪、仕事終わりで来させちゃって」
怪我人を乗せているのもあっていつもより安全運転を心がけてハンドル操作をする。休みの日にたまに乗る車にババァを乗せたことはあったけど、女を乗せることは一度もなかった。車内に流れる曲に耳を傾けていたらしく「あ、この曲わたしも好き」と嬉しそうに笑っている。
あの日、駆け込むように病室に入るとケロリとした顔の女と目が合って力が抜けた。脱力しすぎてしゃがみこんだ俺を遠巻きに見てきた看護師の女が「あの二人本当に付き合ってたんだ…」と声を潜ませて会話しているのが筒抜けでなんとなく居心地が悪い。せめて聞こえねえように話せ。
負傷した臓器は医者の個性である程度治せたが、個性による急激な回復は適応するのに時間がかかるし疲労を伴うようで、今はまともに動く体力すら残っていないそうだ。更には左足を骨折しているらしい。結果的に日常生活に支障が出るくらいの怪我で済んだことから、治るまでのヒーロー活動禁止と家族やパートナーの同伴を条件に数日後に帰れることになった。みょうじの両親は遠方だということもあり暫くウチに住まわすことになって、退院の日に迎えに来た訳だけど。もう数え切れないほどウチには来ているし恋人という設定なので何も問題はないだろう。
「物損もあの施設だけだったらしいな」
「ね。良かった。あの人も助けられたし」
「あー、あの逃げ遅れてた奴か」
「うん。逆にあれがなかったらもうちょい苦戦してたかも。利用してるみたいで悪いけど」
「にしても捨て身の特攻ばっかすんなよお前。この前もやってたよな」
「んー」
幼なじみのアイツを彷彿させるようなアレは、自分の身体を蔑ろにする最悪なやり方だ。多分、近距離戦に持ち込むためにわざと攻撃を食らったんだろう。まあ、後悔や反省点は後から考えて思いついただけで、実際現場ではそこまで冷静でいられないこともある。一分一秒を争う世界で、あの時はあれが正解だったのかもしれない。本人しか分からないことだ。それでも、“気付いたら身体が動いてしまっていた”というのは本来無い方がいい行動で、褒められるものではない。自分の身体を自分の手でボロボロにしていくだろう。俺もしたことはあるから人のことをとやかく言う資格はないけれど、何度経験しても心臓に悪い。相手がこの女だから尚更。
曖昧な返事をしながらぼんやりと窓の外を眺める女は、いまなにを考えているのだろうか。俺は、この前からこの女のことがいまいちよく分からなくなっていた。



二人での暮らしはそれなりに順調だった。帰った俺をみょうじが出迎えて、風呂に入っている間に飯が机に並べてあって、たまに抱いて、一緒に眠る。女を残して俺が仕事に行くことはあっても帰るまで待ってるなんてことはなかったから、出迎えられるのはむず痒い気持ちになった。あの日、一度だけ「帰ってくるまで居てもいいからな」と言ったときだって、結局女は俺が帰ってくるまで居なかった。家主の居ない家に居る意味もないのだから普通に考えたら当たり前ではあるけれど、帰ってきた時、真っ暗な家にガッカリした気持ちを覚えた自分が心底気持ち悪くて、それから二度と言わないと決めたんだっけ。
そういえば飯を作ってもらうこともなかった気がする。身体を資本にしている職業だから、栄養バランスのとれた食事があるのは正直助かっている。味付けも悪くない。自炊もそれなりにやってはいたけれど、帰るのが遅くなった日とかなんとなくやる気が起きない日は適当に済ませることもあったから、そういうのが無くなったのは良かった。雄英の時にバレンタインで義理チョコを渡されたこともあったけど、あれは女子が全員で一緒に作ったと言っていたからノーカンだ。第一あれは菓子だ。
怪我も完治していないから外食したりホテルに行くことが無くなって、ついに【同棲開始か!?彼女を案じて直行直帰するダイナマイト】と報道された。ほっとけクソが。
「…そーいえばよォ」
「んー?」
「イレイザーヘッド」
「…」
「なんかあるんか、先生と」
揺れた瞳は動揺か。「大したことはないよ」へらりと笑った女は視線を逸らした。
バレンタインのことを考えたからか、忘れていた高三のバレンタインの記憶が蘇ってきた。ラッピングも同じ、中身も同じ、個数も同じ。あの分かりやすい義理チョコを代表して渡していたのがみょうじだった。「毎年恒例女子みんなからの義理チョコで〜す」と前から順番に一つずつ、紙袋から取り出して。要らねえ、と突っぱねたのに無理矢理カバンに入れられてムカついたのを覚えている。全員に渡し終えたあと教卓まで戻った女が、「先生にも感謝のチョコです」とかなんとか言って先生にも渡していた。一ミリも興味が無かったからちゃんとは見てなかったけど、そういえばあれだけラッピングが違ったような気がする、とか。遠くから見ていた女共が、渡し終えて自分の席に戻るみょうじをニヤニヤしながらからかっていたような気がする、とか。もしかしたらあの時既に先生のことが好きで、本命を渡すカモフラのために女子を代表して俺たちにチョコを配っていたのかもしれない、とか。考え始めたらもう駄目だった。生憎俺は、勉強に対しても、他のことも、答えが分かっていないままだとモヤモヤする性格だ。言いたくないなら言わなくていいけど、本当に大したことないのかもしれないけど、とにかく聞かずにはいられなかった。
「荒れてたわたしを助けてくれたのが先生だったってだけで、なんかあったって程のことはないよ」
「荒れてた?」
「うん。わたしのヒーローなの、先生は」
ヒーロー、ねぇ。
寝る準備を終わらせて布団に入ると、みょうじは既に気持ちよさそうに寝息を立てていた。柔らかく手触りのいい髪に指を通しているとだんだん睡魔がやってきて、抱き枕のように抱え込んで目を瞑る。寝ぼけたまま俺に擦り寄る姿は、あの勝気に笑っていた画面の向こうの女とはまるで別人だ。シャンプーの甘い香りがする。
目を瞑ると同窓会の日の先生の顔を見る女の顔が頭に浮かぶ。本当に嬉しそうに顔を綻ばせて、頬を赤く染めて、キラキラしていた。あんな顔を向けられたことは今まで一回だってない。俺だってヒーローなんだから、お前が助けを求めてくれんなら力になるのに、なんて、こんなことを考えてしまう理由は多分一つしかないけれど。今はまだ、気付かないフリをして、知らないままで居たい。
prev | top | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -