手持ち無沙汰にストローの噛みあと


「そういやさぁ、爆豪いつあいつと付き合ったん?」
「あいつって誰だよ」
「…え、こんなに話題になってんのに見てねぇの?」
休日。欲しいスニーカーの抽選に付き合ってほしいと上鳴に頼まれて、予定もなかったから合流することにした。決して「飯奢るから!」に釣られた訳では無い。上鳴はスニーカーを集めるのが好きらしく、プレ値がつくようなスニーカーを手に入れるために度々抽選に並んでいて、たまに付き合っていた。待機中に見せてきた携帯の画面は、有名なネットのニュースサイトだった。モノクロだったし遠くから撮られたのかぼやけてはいたが、腕を絡めて歩いてる写真は明らかにこの前の自分たちで。何枚か撮られていたようで、薬局から出てくるところ、家に入るところ、俺が家から出てくるところ、昼過ぎに女が帰るところが載っている。どうやらずっと張られていたらしい。最悪だ、全然気付かなかった。【仕事を終えてご飯を食べたあと仲睦まじくダイナマイトの家に帰る二人】【腰に腕を回したダイナマイトに寄り添う姿も】【バレないためか時間差で家を出る二人】なんて律儀に一枚ずつコメントも付いていた。「爆豪が撮られんの珍しいよなあ」驚いている上鳴に、そりゃお前と違って浮ついたことなんてねえからな、とでも言いたかったが、これだけ誤魔化しようのない写真達が晒されてしまうと否定も出来ない。これは誰がどう見たって友達の距離感ではないだろう。
「…これいつ出た?」
「先週くらいに見た気がするけど」
「あー、だからか」
この一週間はかなり立て込んでいてニュースを見る時間すら惜しんでいたから気付かなかったが、思い返せばここ最近、いつもと違うことがあった。周りの生ぬるい視線。現場にくるマスコミの量もやけに増えた(邪魔だから追い返した)。腕を組んできたことのある事務の女はどこか必死そうな顔をして余計まとわりついてくるようになった(クソうざかった)。
「あいつんとこはコメント出したんか」
「いや、多分出てねぇと思うけど。…てかこれマジなん?俺聞いてねぇけど!?」
「さあな。あいつが出してねえなら俺からなにも言うことねえ」
「いやもうそれほぼ肯定じゃん」
熱愛報道なんてものは今まで一度も出たことがなかった。女と絡むことなんてなかったから当たり前だ。媚びてくる女が嫌いで、護衛対象ですらいつもの態度だったから尚更だ。そもそも護衛の仕事が俺に回ってくること自体稀ではあるけれど。逆に男女関係なく人と仲良くなる上鳴なんかはしょっちゅう被害にあっていて、【お友達として仲良くさせていただいています】とか【熱愛の事実はありません】とかコメントを出しているのを見たことがあった。チャラいイメージのあるこの男は案外誠実で、高校の時から付き合っている普通科の女と今も続いているらしく、熱愛報道が出る度に誤解されたら困ると焦ったら顔をしていたからよく覚えている。
上鳴の言う通りノーコメントは肯定みたいなものだ。否定するならなるべく早い方がいい。セフレですなんて世間に言えるわけもない。何か聞かれた時に食い違うことがないように設定でも考えないといけないな、と小さくため息をついた。



「…ってことがあった」
「あー、わたしも見たよその記事。半日張り付かれてたのに全然気付かなかったよね」
あははと能天気に笑った女は記事の件を大して気にしていなそうだから、誤解されたら困る相手が居ないということだろう。カフェの一角、身バレ対策なのか深めのハットを被った女は足を組み替えた。プロヒーローなだけあってその辺の女より筋肉はあるだろうけど、それでも細くて白い脚がタイトスカートのスリットから惜しげも無く晒されていて、正直目のやり場に困る。脚どころか全身くまなく見ているというのに変な話だ。頬杖をついて窓の外を眺めていると、女は「ここまで詳しく出されちゃうと否定もできないよね」と続けた。
近い日だと夜は時間がとれなそうだと言う女に合わせてオフの日の昼間に集まったわけだけど、そういえば二人でカフェに行くことなんて今までなかったかもしれないなと思った。いつもは生ビールを好む女が甘ったるいカフェラテを飲む姿はやけに新鮮に見える。俺はアイスコーヒーを頼んだもののなんとなく飲むのを先延ばしにして、グラスについた水滴がまるで汗をかくように垂れて机を濡らしていくのをぼんやり眺めていた。
「だって友達ですでいけると思う?」
「まァ異性のダチの距離感ではねえよな」
「セックスフレンドならある意味友達?」
「アホか」
「じゃあもうビジネスカップルしちゃう?」
ビジネスカップル。聞き慣れない単語に一瞬フリーズしてしまった。ビジネスカップルっていうのは、つまり報道を肯定して、恋人のフリをして世間を騙すということだろう。
「今まで通りどっちかの家行ったりご飯食べ行っても何も気にしなくて良くなるし。爆豪もこの前事務の女が言い寄って来てウザイって言ってたじゃん?そういうのも無くなるかも」
「もってことはお前もなんかあるんか」
「まあ。けどダイナマイトの彼女に口説いてくる人なんて居ないよね?」
ストローをくるくると回しながら俺を見上げる女はにんまりと口角を上げた。口説かせる隙を与えるなと言われているようだった。そういうのは分かりやすくて面白い。周りの目や場所を気にしなくて良くなる。お互い要らない好意を向けられることが減る。メリットしかないウィンウィンの関係。
「いーなそれ。乗った」
「じゃあこれから宜しくね、勝己くん?」
「おー。幸せにしてやるわ、なまえチャン」
「きゃーかっこいい!」
「棒読みシネ」
そのあと、ボロが出ないように設定を作った。高校のときから仲は良かったけど付き合ったのはプロになってから。告白は俺から。記念日は何日とか、今まで行った架空のデートの内容とか。両事務所からはコメントは出さないことにした。聞かれたら答えるくらいにして、わざわざ自分たちから話題を提供する必要は無い。それに、ビジネスカップルを辞める日が来た時、また面倒くさいことになるかもしれない、と。女の提案だった。ビジネスカップルに終わりがくる日というのは、つまりセフレを解消する日のことだろう。いつまでもこんな関係を続けるつもりはないと言われているようだった。まあ、それもそうだよな。女は結婚願望がある奴だったらなるべく早めにしたいだろうし。納得はできたから分かったと頷いた。だけど、なんでだろう。自分の隣で笑う顔はいくらでも思い浮かぶのに、みょうじが誰かの嫁になる未来の姿はなんとなく想像ができなかった。
「けどいいの?肯定するっていうことは、他の人と撮られたら不貞になって叩かれるわけだけど」
「別に。お前は?」
「今は爆豪しか居ないから大丈夫」
「…そ」
今は、ねえ。カフェラテに夢中になって俯いているせいで表情は読めなかった。ハットで視界を遮られて、マスカラで伸びた長いまつ毛が揺れていることと、小さく口角が上がっていることしか分からない。過去の男関係の話は一切聞いたことがないし大して興味もなかったが、女は今までそれなりに経験をしてきたのだろうか。ハットの下はどんな顔をしていて、今誰のことを考えているのだろうか。少し興味が湧いたけど、なんとなく、今は聞いちゃいけないような気がした。やっと口に含ませたコーヒーは氷が解けて薄まっていた。
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