プロローグ


情事を終えたあとのピロートークなんてものはなくて、仰向けで寝転がる俺の横でベッドの下に雑に投げ捨てられた服を身につけた女は「じゃ、帰るね。また連絡する」とこちらを一度も見ずに出ていった。ドアが閉まったあとかつかつと響くヒールの音が遠ざかっていく。まだ電車の時間も余裕があるんだから少し休めばいいのにとは思うがわざわざ引き止めるほどでは無い。余計なことは言わないに越したことはない。
成人したあとの同窓会のあとに酒の勢いで抱いてからずるずると関係は続いていた。いわゆるセックスフレンドで、もう五年ほどになる。あいつじゃなきゃいけない理由はなくて、だけどわざわざあいつ以外を探す気にもなれなくて。体の相性は悪くないし(他で試したことがないから分からないけどお互い良いと思ってるから続いてるんだと思っている)、知らない女を抱くより後腐れもなく、気付けばお互いの性欲を満たすための都合のいい相手になっていた。仕事の話や愚痴なんかを吐き出すために酒を飲みに行ったあと近くのホテルに移動することもあれば、仕事終わりにどちらかの家に直行することもある。求めてるときに『今日来い』『分かった』なんて簡単なメッセージのやり取りをするだけで、恋人のように普段から連絡を取りあっている訳でもない。このくらいの距離感が俺たちにはちょうど良かった。
ベッドから抜け出して、クローゼットの中から取り出した新しい部屋着を身に纏う。部屋の換気をして、濡れたシーツと床に残された一人分の服を洗濯機にぶち込んで、喉を潤すためにキッチンに移動することにした。

昔から、自分にとってかけがえのない唯一の存在ってもんを作りたくなかった。別に、プロヒーローでも、ヒーロー科の学生でも、恋人がいるやつはいる。結婚して子供を産んでるやつもいる。エンデヴァーと轟のように親子でヒーローをしてるやつもいる。別に、ダメなことじゃない。でも、例えばもし恋人を作って、結婚して、子供ができて、そいつらを遺すことになったら。そいつらが自分のせいで狙われることになったら。大事なものと守るべきものを天秤にかけるときがきたら。そう考えて俺はがらにもなく怖くなった。もちろん簡単に死ぬつもりはねえし、全部勝って全部助けるつもりではある。だけど、100%守りきれるわけではない。もしもっていうのは、考えない訳にはいかない。
人は恋愛をしたり大事なものができると、自分が自分でなくなってしまうような感覚になるらしい。そうなったことがないから想像はできないし半信半疑ではあるけれど、俺が俺じゃなくなるのも絶対に嫌だった。オールマイトをも越えるナンバーワンヒーローになるのが昔からの夢であり目標で、そのためには人並みの努力じゃ足りないことはよく分かっていて、だから、俺は恋愛なんてしている場合ではないのだ。邪魔になるものは要らない。だから、それでもどうしても湧いてしまう性欲を満たすことが出来ればそれで良かった。女は、ただそれだけの相手だ。

テレビをつけるとくだらないバラエティ番組がやっていて、ゲストがプロヒーローだったからなんとなく見ることにした。今をときめくプロヒーローと題して見知った顔がいくつも映っている。その中に女もいた。そういえば俺はこの番組の収録日がちょうど遠征の最中だったからオファーを断ったんだっけ。まァたとえ暇だったもしてもこんな番組に出るつもりはないけれど。
まるで別人のようだ、と思う。敵と戦ってる時、市民を助ける時、こういう番組に出てる時、仲のいい奴と話してる時。どれも違う顔をするからギャップが凄いと人気があるらしく、比較動画が出ていたのをたまたま見たことがあった。彼女にしたいランキングでもいつも上位に入るとかでアホ面がすげぇよなあと騒いでいたから、くだらねえなと吐き捨てたっけ。世間が彼女にしたがってるその女はいっつも俺に抱かれて気持ちよさそうなツラしてヨガってんぞ、なんて心の中でだけ考えて。まあでも、仮に女に恋人や好きな男が出来たら解消されてしまう脆い関係であることには変わりない。ソウイウ話は一切しないから作る気があるのかは知らないが、浮気相手になってトラブルになるのだけは御免だ。
テレビの中の女は楽しそうに笑っている。その綺麗に作り込まれたソレとは違う本当の笑顔を、特別な相手に向ける日がくるのかもしれない。それならそれで別にいい。ただ、新しく相手を探すのは面倒だから、暫くは恋人を作らないでいてほしいなんて自分勝手なことを考えながら、ペットボトルの水を飲み干した。
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