きっと二人で大丈夫


久しぶり、と隣で落ち着きのないみょうじを眺める。普通を装っているつもりなのだろうが、視線はキョロキョロと彷徨い、触れた肩に大袈裟に反応するあたり、意識されているんだと分かる。よかった。バレないように、安堵の息を吐く。
数ヶ月ぶりだというのに、もう何年も経っているような感覚がした。それだけみょうじが隣にいない日常が面白くなかった。公私混同はしたくなかったしプロヒーローとしての仕事は順調だったけれど、みょうじのことばかり考える自分に嫌気がさしつつも、俺をこんな風にしておいてどっかに行くなよ、なんて心の中で責めたりもした。
チームアップで召集がかかり、その存在を視界に捉えてからは、ずっと逸らせなかった。少し前に敵の攻撃で髪が焦げたらしく、肩まで短くなった髪。ヘアケアを怠らず大切にしてたことを知っていたから、落ち込んでいるのだろうなとニュースを見て思ったっけ。振り返ると靡く、長くて艶のある髪も悪くないと思っていたけれど、肩ではねさせたヘアスタイルが似合っていると思った。むしろ俺はこっちの方が好みかも、なんて思ったくらいだ。
長いまつ毛も、薄い瞼を彩るアイシャドウも、濡れたような唇も、朱が映える白い肌も。変わっていないはずなのに、たった数ヶ月見なかっただけで綺麗になったような気がする。
破局の報道があってから、男共がみょうじに近付こうとしていることには気付いていた。今日だってこれだ。一つ上のヒーローが肩を組んで話しかけているのを見ていてもたってもいられなかった。一発くらい爆破してやろうと思ったくらいだ。ここがヒーロー事務所の会議室じゃなくて路地裏とかだったら、多分やってた。その数ヶ月、近付こうとする男が何人もいたと考えると、それだけで腹が立って仕方がない。
あいつはどう思っていたのだろう。もし別れたと思っているのなら、俺が「別れてねえよ」と言ったことに疑問を持っていたかもしれない。だけど、それでも放っておくことは出来なかった。みょうじだけは、譲れないのだ。去っていく男にケッと悪態をつく。
「元気だった?」
「元気に見えてんならそーじゃねえの」
「爆豪はなにも言ってくれないから分かんないよ」
「お前は?」
「わたしも元気だよ」
そォかよ、と呟く。元気でいるのは良いことだしそれを望んでいるはずなのに、俺が居なくても大丈夫だと言われているような気分になる。ダサいから、そんなこと絶対言えないけれど。
「髪、残念だったな。伸ばしてたのに」
「まあね。けど仕方ないよね。似合う?」
「おー、まあ、クソ可愛いわ」
「……爆豪ってそういうの言う人だっけ?」
「お前が言わなきゃ分かんねえって言ったんだろ、ついさっき」
そうだけど、と恥ずかしそうに俯いたせいで、耳にかかっていた髪が落ちて顔を隠した。俺はそれをミディアムヘアのデメリットかもしれないなんて馬鹿なことをぼんやり考えながら眺めていた。もっとよく見たい。顔を赤くして、驚いたように目を見開いて、照れてる顔。無意識で手を伸ばし。垂れた髪を耳にかける。
「言っておきてえことがあんだけど」
「うん、」
「チームアップ終わったら結婚しよう」
「……え?えっと、誰が?」
「お前が」
「誰と?」
「俺とだよ。話の流れで分かんだろ」
「え、だってちょっと待って、なんで急に」
「急じゃねえよ。離れてる間ずっと考えとった」
どうしたら一緒に居れるのか。俺たちはなにが原因で、なにが不安で一緒に居れないのか。過去に裏切られたことで信じられなくなったみょうじと、大切な人を作りたくなかった俺。多分どっちもビビってるんだって。
「…正直、終わりがこないって保証はできねえ。お互いプロヒーローな時点で、寿命より先に死ぬかもしれないってどっかでは考えてる」
「うん、」
「お前が怪我した時も本当はずっと怖かった」
速報がテレビに流れたとき。病院で包帯が巻かれた身体を見たとき。松葉杖で必死に歩いてるとき。いつまたこういうことがあるかもしれない。もっと酷い怪我を負うかもしれない。もしかしたら二度と目を覚まさないかもしれない。とか。
身近な“死”は経験したことがないし、できるならばしたくない。そんなことを考えていたら怖くなったのだ。「ヒーローなんかしなくていい」「お前は俺に守られてろ」「これ以上怪我するところは見たくない」だなんて自分勝手なことを言いそうになって、すんでのところで飲み込んで。
「気持ちは同じなのにこんなことになってんの、どう考えたって難しく考えすぎてんだよ。俺はもうお前を他人には出来ねえし、俺の意思でお前から離れたりしないって誓う。けど、口約束だけじゃ足んねえと思って」
「それで、結婚?」
「帰ってくる場所があるっつーのは、多分、良いもんだ、と思う」
「それは分かるかも」
「お前が好きだ。多分、初めてシた時からずっとそうだったんだと思う。俺はただのセフレには戻りたくねえし戻れねえ。死ぬまでお前といたい」
ぼろぼろと大粒の涙が溢れて、みょうじのヒーロースーツを濡らしていく。あの頃と変わってねえなと思った。ずびずびと鼻を啜って、唇を噛み締めて、これ以上泣かないようにと堪えているような、そんな顔。泣かせたいわけじゃなかったんだけどな。親指で拭ってやると、擽ったそうに身を捩る。
「…プロポーズってさ、もっと良いシチュエーションでされるものだと思ってた」
「うっせえな、仕方ねえだろ」
俺だってこんなところでするつもり無かったわ。ため息を吐くと、確かに、と小さく笑った。こいつの前だと思い通りにいくことなんて少なくて、格好つかない。それでもいいと思った。
ヒーロー事務所の会議室、数が足りなくて急遽持ってきたであろうテーブルに似合わない錆びかけたパイプ椅子、ホワイトボードに書かれた作戦内容や敵の情報。喋り声。部屋にはまだそれなりに人数が残っているけれど、俺たちの会話を聞いている人なんかいなくて、誰もいまここでプロポーズをしているなんて思ってないだろう。
「ぜってーしくじんなよ」
「爆豪もね」
「ばァか。俺を誰だと思ってんだ」
「大・爆・殺・神 ダイナマイト、でした」
「生きて再会したら、そんときもっかいちゃんとしたプロポーズすっから。そんときお前の気持ちも教えろ。ハイかイエスしか受け付けねえけど」
横暴じゃん。泣き止んだみょうじが小さく笑う。本当はキスくらいしたかったけど、今は我慢しておくことにする。これが終わったら、お前の気持ちが聞けたら、そんときは。バレないように椅子の後ろで絡めた小指同士がやけに熱かった。
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