絡まりあうのは視線だけ


いつのまにか、住んでいる賃貸マンションの契約が終わろうとしていた。色んなことがあった二年間だった。
爆豪を初めて家に呼んだのはいつだっただろう。ホテルや爆豪の家が多かったから、きっとそんなにウチに来た回数はなかったけれど、それでも至る所に爆豪を思い出すきっかけがある。このソファに二人で座ってテレビを見たとか、部屋に来たついでに模様替えを手伝ってもらっていまの配置になったとか、壁のあの場所に寄りかかってることが多かったとか、そんな些細なこと。事務所からもそれなりに近かったし、スーパーやコンビニも近くて気に入っていたけれど、今日のオフはまず不動産屋に行くことにした。更新するより拠点を移したいと思った。爆豪の面影がない場所へ。爆豪のことを思い出さない場所へ。

自立した女性はかっこいいと思う。恋愛や周りに左右されず、“自分”をしっかり持っていて、最後までそれを貫ける人。本当は、昔からそんな風になりたかった。爆豪と擬似カップルを始めて、好きになって、だいぶ遠ざかってしまったような気がするけれど。服を買うことすら爆豪の意見を求めてしまったり、感情が激しく揺さぶられて生活に支障がでたり、恋をしたらもしかしたら当たり前のことかもしれないけれど、それはなりたかったわたしではなかったのだ。
クローゼットから取り出したワンピースは、この前のオフで買ったもの。最後に髪を巻いて、小ぶりのピアスをつける。爆豪と離れてからの今のわたしを爆豪が見たら、「悪くねえ」と、いつものように褒めてくれるだろうか。



チームアップの要請があるのは、一つの事務所で賄えないような人数を要するとき、放っておくと危険だから近くの事務所と連携をとってすぐに対処したいとき、別の事務所のヒーローの個性を求めているとき、と色々あるけれど、今回は大規模な作戦のようだ。見知った顔も、知名度を上げた後輩も、お世話になった先輩もいて、気を引き締めなければ、と意気込む。メディアへの露出やパトロールも良いけれど、やっぱり分かりやすい敵との対峙は気持ちが昂る。
たくさんのヒーローがいる中で一際目につく薄い金髪に、マジか、と思わず声が漏れた。テレビやネットニュースを遠ざけていたから久しぶりに見た。あれから何ヶ月か経っている。少し離れた席に座る爆豪は、配られた紙を真剣に見ていて、多分わたしに気付いていない。
そういえば、高校の時の授業態度も真面目で、頬杖はついていても先生の話はしっかり聞いていたし、ノートの書き込みも沢山してあったっけ。授業で寝ちゃった時は、文句を言われながらも何回か助けてもらった。そんな数年前の姿と重なって、懐かしむように眺めてしまった。
「なまえ ちゃん、今日の夜あいてる?」
「? なにかありましたか?」
「チームアップもあるし親睦会がてら一杯どうかなと思って」
一回目の作戦会議にあと、くい、とお猪口で日本酒を飲むようなジェスチャーをしてきたのは近くの事務所の一つ上の先輩だった。あまり話したことは無い。何度か顔を合わせたことがある程度だ。名前呼びに眉を顰めそうになるも、へらりと笑ってやり過ごす。
爆豪と付き合っているふりをしている時はこういう誘いは一切なかった。“大爆殺神ダイナマイトの女”にはやはり手が出せないのかと驚いた記憶がある。あの時の「ダイナマイトの彼女に口説いてくる人なんて居ないよね?」は、挑発するかのように半分くらいはふざけて言ったセリフだったけど、本当にその通りになるとは思わなかった。それが、別れた報道のあとは元通り、いやむしろ少し増えたような気がする。
「あー、他に誰誘ってます?」
「いやいや二人でだよ」
「行くなら誰か誘いません?」
「なんで?やなの?」
「やとかじゃないんですけど」
「ダイナマイトと別れたんでしょ?それなら二人でも良くない?」
そもそも本当に付き合っていたわけではないのだけれど、恋人のふりを辞めたわけでもない。怪我が治って同棲を辞めただけだ。ただなんとなく、あのあと連絡が取りづらくなって、会わなくなって、自然と距離ができてしまっただけ。
爆豪はどう思っているのだろう。マスコミには破局と報じられ、否定も肯定もしなかったわたしたち。ノーコメントは肯定のようなものだ。報道から数日は沢山のパパラッチに追われ嫌気がさしたけれど、今はもう無くなった。ネタは毎日のように変わる。すぐに別の熱愛報道やパワハラセクハラの報道が出て来る。今もなおわたしたちの関係が気になっている人なんて居ないだろう。そんなものにも、わたしは左右されている。だけど爆豪は、自然消滅した恋人のように、わたしのことももう終わったと思っているのかもしれない。そう考えたらこの場に本人も居るのに否定も肯定も出来なくて、返事に困って黙ってしまった。それをポジティブに捉えたのか、「いいお店知ってんだよね俺」と肩に腕を回してくる先輩に舌打ちしかけて留まる。

「別れてねえよ」

聞こえた声に、顔を上げた。「人のカノジョ誘うの辞めてくださいよ」と半笑いで腕をどかした爆豪に、先輩は「別れてないんだ!?じゃ、じゃあまた今度みんなで行こ」とそそくさと立ち去ってしまう。
別れてないていでいいんだ。終わったとは思ってなかったんだ。ほっとしている自分は心底単純だと自嘲じみた笑みが溢れる。
「…最近また言い寄られること増えたんですけど」
「お前がちゃんと彼女ムーブすりゃ寄られねえよ」
「なにそれ」
「別れたていになってんのどーにかしろっつー話だよ」
「それはお互い様では?」
「そーかもな」
空いていた椅子に腰かけた爆豪は、ぽんぽんとわたしを隣に座るように促した。肩が触れて熱を持つ。すぐ近くで爆豪の匂いがする。低くてぶっきらぼうだけど優しい声がする。少し離れていただけなのに、五感で感じる爆豪のすべてに胸がいっぱいになって苦しくなる。ああだめだな、折角爆豪の面影がない場所へ引っ越したのに、自分が爆豪でいっぱいになっちゃったら意味が無い。
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