永遠を願うには大人になりすぎたね


セックスで寂しさを満たそうとするのを辞めたけれど、かといって彼氏を作る気にもなれなかった。人を好きになることも、好きじゃなくなることも、裏切られることも、まだ怖い。だけど相澤先生の言う通りセックスをしなくてもわたしのことを必要としてくれる人はたくさんいて、それでいくらか紛らわせることができた。変わりたいと思った。先生にああ言って貰えたのだから、同じ過ちはもう繰り返さないと決めたのだ。そしてそれは、高校三年の夏から、爆豪と再会するまで続いた。
成人して少し経った頃、雄英高校A組の同窓会の報せが届いた。地方のヒーロー事務所に就職してしまった人も活躍して多忙な人もいて、定期的に開催される飲み会で全員が揃うことがなかったけれど、同窓会は珍しく全員が参加できることになった。久しぶりの再会。アルコールが入ったこともありそれはもう盛り上がって、まるで学生時代に戻ったような気分だった。わたしもそれなりに酔いが回ってきたのが分かり、一度外の空気を吸おうと部屋を出たところで爆豪とぶつかった。どこかに行っていたのだろうか。突然の衝撃にバランスを崩し、ふらついたところを爆豪に助けられる。腕を引かれて、そのままぽすんと爆豪の胸元にぶつかった。とくとくと聞こえる心臓の音がやけに心地よくて、「そろそろ退けやクソ」と頭を強制的に離されるまでくっついていた。
「…ごめん」
「……顔あけえなお前」
「たぶん結構酔ってる」
「だろうな」
「そういう爆豪も酔ってそうだね」
「べつに」
酔っ払いが一人で外行くの危ねえだろ馬鹿かよ。ぶつぶつ文句を言いながらも爆豪はわたしに着いてきてくれて、やっぱり優しいとこあるな、なんて思う。近くにあったベンチに座り、深く息を吐く。酔ってはいるけど、意識はハッキリとしているし呂律も回るからまだ大丈夫だろう。自分のキャパはなんとなく分かっている。
隣に座った爆豪は表情こそ変わらないけれど耳が少し赤くなっているし、こころなしか目もとろんとしている気がする。酔うとこんな風になるんだな。ちょっと可愛いかもしれない。そんなことを考えながらぼうっと爆豪の横顔を眺めていると、ぱちりと視線が交わった。あれ、思ったより近いかも、なんて、その時に漸く気付く。膝が触れて、肩が触れて、腕が触れて。いつのまにか身体の半分はぴったりとくっついていた。アルコールのせいなのか少し高めの体温に、じわりと汗ばむ感覚がある。
「…なあ」
「ん」
「避けねえの」
更にぐっと距離が縮まった。爆豪のしようとしてることは分かっている。拒絶することも出来たけど、しなかった。爆豪もそれが分かったのか、長い睫毛が揺れて、後頭部に回った大きな手のひらが今度こそわたしの逃げ道を無くす。唇がくっついて、離れて、またくっついて。漏れる息も、眉間に深く刻まれた皺も、身体を這う手も、わたしをたまらなくドキドキさせた。変わりたいと思った。変われたと思っていた。それでも、「口あけろ」と言われて素直に従ってしまったり、お酒のせいにしてしまえばいいなんて誰に聞かれるでもない言い訳をしながら爆豪を受け入れた理由は、今でもよく分からない。首に腕を回したとき、一瞬驚いた顔をした爆豪がふっと目を細めてわたしを見下ろした。熱の籠ったルビーのような瞳が綺麗だなと思った。



怪我が治り、リハビリと併せて自主トレーニングも始めた。家に居るばかりの生活はやっぱりわたしには合わなくて、早く復帰したくて仕方がなかったけれど、焦っていけないことは分かるから、ゆっくり慎重に進めた。筋肉も体力も衰えている自覚がある。たった数ヶ月でこうもなってしまうというのなら、妊娠して活動休止したプロヒーローが出産後に復帰するのは凄いことなんだと思った。
「…そろそろ戻ろうかな、家」
ぽつりと呟いたのは独り言のつもりだったのだけど、どうやら爆豪にも聞こえていたらしく、持ち上げていたマグを机に置いた。中のブラックコーヒーは全然減ってなくて、水面のようにちゃぷんと揺れたのがここからでも見える。
戻ろうかなと思ったのは別に思いつきではなくて、実は少し前から思っていたことだった。爆豪の手を借りなくても生活ができるようになった頃からぼんやりと。前提として、同居を始めることになった理由はわたしが骨折をして一人で生活するのが難しかったからであり、それが解決されたのなら必然的にわたしは元の暮らしに戻るべきなのだけど、思っていたよりも爆豪と一緒に暮らすことが楽しかったから、急がなくてもいいかなと思ってしまったのだ。明日言おう、明後日言おう、週末に言おう、月末に言おう。そうやってずるずると先延ばしにする理由はたぶん一つしかなくて、爆豪と離れたくないと思ってしまっていることに気付いてしまった。爆豪は優しいからきっとわたしを追い出すことはなくて、わたしが出ていくと言わなければ、このままの関係でずっと一緒に居れる。し、それを望んでいた。望んでいたはずだったのに。
いつのまにか日常に爆豪が居ることが当たり前になってしまった。どこを切り取っても隣には爆豪が居て、笑ってる。一緒に住んで、二人分のご飯を作って、一緒に眠って、そんな毎日を送ることが幸せだと思ってしまっている。これがずっと続けばいいなんて馬鹿みたいなことを思ってしまっている。ずっとなんてあるわけないのに。このまま一緒に居たら、たぶんわたしは爆豪のことを好きになってしまうという予感があった。セフレの条件は割り切った関係だ。どちらかが割り切れなくなった時点で終わってしまう、そんなひどく脆い関係なのだ。
今ならまだ引き返せると思った。求められたときに会って、たまにご飯を食べて、セックスして、そのくらいでちょうどよかった頃に、今なら戻れる。依存したくない。好きになりたくない。そのためには一度離れなければいけない。
「…別にこのままでいいんじゃねえの」
「このままって」
「ここに住むってこと」
「…なんで?」
「なんでってなんだよ」
「だって爆豪にメリットないじゃん」
「それはお前が決めることじゃねえだろ」
「そうだけど、でも」
「じゃあお前にデメリットでもあるんか」
デメリットになるのはわたしじゃなくて爆豪の方でしょう。
ただのセフレにどうしてここまでしてくれるのだろうかとずっと考えていたけれど、結局答えは見つからなかった。熱愛報道が出てから周りの爆豪への印象が良い方に変化したことは知っている。独立した事務所が順調なことは知っている。だけどそれだけだ。もうその熱愛報道がなくたって世間は爆豪をちゃんと認めてる。それでもわたしを側に置く理由はなんなのだろう。わたしにそこまでの価値なんてないというのに。
「…うん。あるよ、デメリット」
目を伏せたまま「…そーかよ」と呟いた爆豪は、いまなにを思っているのだろうか。セフレになって、恋人のふりをはじめて、昔よりも爆豪のことが分かっているけれど、爆豪の根っこの部分は今も全然分からないままだった。わたしは結局怖いのだ。自分の気持ちの変化なんかよりもずっと、爆豪に大事な人が出来て「もうお前は要らない」と拒絶される日を迎えることに怯えながら生きることが、怖くて仕方ない。
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