右手で髪を整えながら「…お待たせました」と女が現れたのは、ちょうど10分経った頃だった。イヤホンを外して携帯をポケットにしまう。
「本当に待っててくれるなんて思いませんでした」
「んな嘘つくわけねえだろ。行くぞ」
「はい!行きましょう」
半歩後ろを着いてくる女は相変わらず嬉しそうな顔をしている。素直な反応は、まあ、悪くないと思う。これでナードじゃなかったら尚良いんだが、とか思ったり思わなかったり。
休日だからか私服だった。涼しげなワンピースが風で揺れる。夏が終わり秋になったとはいえ、まだまだ日中は暑い。そういえば、制服や私服よりも、バイトの制服姿ばかり見ているような気がする。クラスが離れているからなのか、授業のカリキュラムが違うからか、学校で遭遇することはあまりなくて、あの日廊下でぶつかったのは本当にたまたまなんだと思った。
「そういやお前なんで俺にだけ敬語なんだよ」
「敬語なんて使えるわけないじゃないですか!」
「なんでちょっとキレてんだよ」
「やっと話すのに慣れてきたレベルなんですよ、タメ口で話すなんて恐れ多くてできません」
「フーン。そういうもんなんか」
「そういうもんなんです」
行きは走ってきたからか、帰りはよりゆっくり歩いているような感覚がする。こうして女と二人になるのは久しぶりだったし、それが長い時間になるのは初めてだった。いつもは何も言わなくてもあいつらが勝手に騒いでいたけど今日は違うからと、なんとなく話題を探している自分に気付いた。あの男にやり返すことが出来たわけだから、別に無言でも、なんなら先に帰っても問題はないけれど、俺から誘った手前、流石にそんなことは出来ない。
「あの男、前からあんな感じなんか」
「あー、まあそうですね。学校の先輩だからなかなか無下にも出来なくて」
「はっきり断りゃいいだろ。良い顔すっからつけあがんだよ」
「これでも言ってるんですけどねぇ」
「…好きな男が居るとか言えばいいんじゃねえの」
言ったあとで、しまった、と思った。俺は自分からこの話題を出すつもりはなかったのだ。好きな男ってのは俺のことで、つまり俺の名前を出せばいいと自分で提案しているわけで。
ぱちぱちと目を瞬かせた女は「その作戦は結構前にやったんですけど効果なかったんですよ。彼氏が出来たとか言わないとだめかなぁ」と返した。好きな人がいると分かっててあの諦めの悪さは救えない。…それにしても、彼氏、ねぇ。女から出た彼氏というフレーズに反応してしまった。クラスの女は「雄英にいるうちは恋愛どころじゃないよね」と嘆いていた気がする。この女はヒーロー科ではないから、普通に恋愛したりもするんだろうか。
「なら俺と付き合えばいいんじゃねぇの」
「…え?」
「……は?」
俺は今なんて言った?
完全に無意識だった。さっきから失言が多すぎる。俺と付き合えばいいんじゃねえのってなんだ。どういう意味で言ったんだ俺は。がらにもなく心臓がバクバクと音をたてて煩い。女の顔が見れなくて、動揺したのがバレないように前を向いて歩みを進める。
俺は女と付き合いたがってる?いやまさか、そんなはずはない。好きでもないただのナードだ。この女がどこのモブに好かれてたって別にどうでもいいし、俺が自分を犠牲にしてまで付き合ってやる必要はない。じゃあなんでさっきやり返した?それは敵意剥き出しのモブにムカついたからで、女は俺のことが好きだから諦めろと分からせてやりたかっただけで、他意はない。
…もし俺とみょうじが付き合ったら?
俺のことを理解していて、応援していて、それなりにツラは整っていて、条件としては悪くない。むしろ。
「…爆豪さんとわたしが付き合う?」
「………おう」
やっぱ無し、なんてダサすぎる。冗談だわ本気にすんなと笑えばなんとかなるだろうか。女の返答次第で出方を変えようと決めて返事を待つが、いつまで経っても返事はなく、不思議に思って女の顔を見て俺は固まった。またいつものように照れたような顔をしていると思ったのに、アハハと声を上げて笑った女は「いやぁ、それはないですね」と言ったのだ。
は?振られたんだが。
「…お前俺が好きなんじゃねえのかよ」
「もちろん好きです!推しなので」
「好きならフツー付き合いたいとかあんじゃねえのか」
「え?流石にわたしには爆豪さんの恋人は務まりませんし考えたことなかったです。爆豪さんのことをちゃんと大切にしてくれる人が恋人だったらいいなって思いますけど」
予想外すぎる展開に開いた口が塞がらなった。思い返してみれば、確かに女はいつも俺のことを推しだとかファンだとか言うけれど、恋愛感情の好きだとか付き合いたいとか、そういったことは一切言っていなかった。つまりみょうじは俺のことが好きだと俺が一人で勘違いして、モブに対してお前に出番はないと嘲笑ったり、付き合うのもアリかもしれないと思ったりしたということか。最悪だ。最悪すぎる。穴があったら入りたいってのはこのことかと思った。数分前、いやむしろ数日前に戻りたい。
頭を抱えた俺に「大丈夫ですか!?」と心配そうな顔をして覗き込んでくるから尚更腹が立つ。お前が俺を心配すんな。
「爆豪さんは素敵な人だから、きっと同じくらい素敵な恋人が出来ると思いますよ!焦らなくて大丈夫です!」
「………別に焦って言ったわけじゃねえわクソ」
「急に冗談言うからなにかと思いました。帰りましょ」
俺の言った「俺と付き合えばいいんじゃねえの」は焦りと冗談で片付けられてしまった。無意識で言ったとはいえ、俺は自分のこの発言で女に対する感情に気付いたと言うのに。軽い足取りで数歩先を行く女の背中を睨みつける。だんだんムカついてきた。あんな顔を向けられて、あんな発言をされて、そのくせ恋愛感情じゃないってなんなんだ。思わせぶりにも程がある。
さっきまでの優越感は何処へやら。俺はこの女を絶対に落としてやると決めた。くそったれ。

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